不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法5
「ああ、勝手に出てきたのだ、仕方がない。マスターが望んで出したのではないのなら、逼迫した問題ではないだろう」
俯いたままの肩を、ぽん、と叩き、アーチャーは黒い人影を見据える。
「出ているだけならばいいが、悪さはするな。マスターから引き離されたくなければな」
アーチャーは士郎をダシに忠告をしてみた。あの灰色の獣同様、この聖杯が作りあげているらしい黒い人影も士郎に執着していると、そんな気がしたのだ。
確証はなく、それがどうした、と一笑に付されればどうするか、とも思ったが、
『チッ…………。了解シタ』
案外、すんなりと脅しは効いたようだ。
少し拍子抜けだった。
(存外、単純なのかもしれない……)
聖杯と云えど、主(そういう認識かどうかは別として)と認めた者をそうそう裏切る真似はしないのかもしれない。もしくはできない何か、制約のようなものが働くのかもしれない、と思案しながらアーチャーは黒い人影を眺める。
(士郎の願いを叶えて力を発揮しようとしていた聖杯は、寸前で士郎の願いが叶ってしまい、何やら不完全燃焼のようになってしまったのでは……)
アーチャーはそんなふうに考える。
(まあ、あの思いつきは正解だった、ということだな……)
一か八かであり、確信はなかった。
ただアーチャーは、手にした者の願望が叶ってしまえば、願望器などただの器にすぎないのでは、と単純なことをあの土壇場で思いついただけだった。
「マスター、凛たちに連絡を取るぞ」
「えっ?」
いまだバスタオルを肩からかけたままぼんやりしている士郎に言えば、驚いた顔を上げる。
「変化があれば伝えておかなければならない。例え手の打ちようが無くなる事象の前触れだとしても、知っていると、全く知らないのとでは、対処方法も違ってくる」
だから話し合おう、とアーチャーは士郎に提案した。
「でも……」
不安げな顔で士郎は渋っている。
おそらくそれは、衛宮切嗣の借金云々のことがネックなのだろうとアーチャーにはわかった。そのことも説明しなければならないと思っているような士郎の濡れた頭に手を載せる。
「あれは、あの魔術師に騙されたのだと言っただろう?」
「だけど、」
「言わなくていい」
「え?」
「あのバイトをはじめたきっかけなど説明する必要はない。関係のないことだからな。ただ、聖杯のことは我々だけでは対処不可能だ。魔女(キャスター)の知恵を借りることも凛たちの協力も必要になる。……あんな災厄を再び起こさせはしない。いや、それ以前に、私はマスターを聖杯(こいつ)に渡しはしない」
「え……?」
「私はお前のものだが……、士郎、お前も私のものだ」
「な……、え? な、なん、」
首筋から赤くなっていく士郎に、アーチャーは瞬く。
「ぁ、いや、その、言い方が、お、おかしいな、その、私のマスターだという、意味で、だな、その、た、他意は、ない、ああ、そうだ、他意はない!」
なぜ、しどろもどろで言い訳じみたことを言っているのか、とアーチャーは自分でも呆れてしまう。
「と、とにかく、アレをどうにかするぞ」
背後の黒い人影を指して言えば、
「……う、ん、うん」
真っ直ぐに見つめる琥珀色の瞳は、全幅の信頼を寄せてアーチャーに向けられる。
「服を着ろ。いつまでもそんな格好では風邪を引く」
頷いて、ささ、と持っていた服を着け、ちゃんと着たぞ、と見上げる士郎に、
「マスター、洗濯物を片付けておいてくれ」
アーチャーは士郎を先にここから出させた。この黒い人影の真意を見極めるためだ。
「貴様の目的はなんだ?」
『私ノ士郎ガ……随分ト 手ナズケラレタモノダナ……』
だが、黒い人影はアーチャーの問いには答えず、何やら嘆いている様子だ。
士郎が出ていった扉を一心に見ている様子の黒い人影にため息をつき、
「お前のものではない。私のものだ。お前の好きにはさせない」
今は話す気にならないらしいと諦め、アーチャーも台所へ向かおうと扉を開ける。
『フン』
黒い人影は腕を組んだまま、面白くなさそうに息を吐いていた。
不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法5 了(2018/4/1)
作品名:不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法5 作家名:さやけ