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不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法5

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 ふと、少し離れたところに立つ黒い人影も、同じように士郎の消えた縁側を見つめている。真っ黒な横顔に表情などありはしない。だが、なぜか、そこで途方もなく立ち尽くしているような気がする。
(いや、こいつは……)
 気を取り直すようにアーチャーは頭を振った。
「さて、貴様、いったい何をしている」
 こちらに顔を向けたが、その表情など窺い知れるものではない。
『フン、貴様ニ 説明スル義理ハナイ』
「さっさと消えろ」
『士郎ヲ 満タスノハ 私ダ』
「まだそんなことを言っているのか。マスターはお前など必要としていない」
『ハッ! ドウダカナ』
 くつくつ、と笑う黒い人影に、アーチャーは無性に苛立った。
「ちっ」
 舌打ちをこぼし、母屋へ歩き出す。
 あの様子では着替えやタオルを準備できなかっただろう、とアーチャーは概念武装を平服へと切り替え、士郎の着替えとバスタオルを持ち、脱衣所へと向かった。
「む……」
 浴室の戸の前に、黒い人影が立っている。
「何をしている。さっさと消えろ。だいたい貴様、何者だ」
『聖杯』
「なに?」
 思わず身構えるアーチャーに、黒い人影は、くつくつ、と笑う。
『ソウ焦ルコトハナイ 私ハ未完成ダ』
「未完……」
 そういえば、士郎を抱えたこの黒い人影は、士郎の半分は自分のものだと言っていた。
 では、聖杯としては不完全で、いまだその力を発揮できないでいるということなのか。そして、士郎のすべてを手に入れれば、聖杯は完成するということだろうか。
 幾つも疑問が湧いてくる。
「完成したら、泥を吐くのか……?」
『満タサレレバナ』
 楽しげに言うその黒い人影に、アーチャーは剣を投影しようとするが、
『ヤメテオケ。士郎ニ 無駄ナ魔力ヲ 使ワセルナ』
「な……」
 アーチャーは絶句する。
 士郎のことを慮るような言葉を吐く、この黒い人影の真意がまったく読み取れない。
 しばらく考えてみたが、わからないのであれば、これを観察し、見極めればいい、と思い直し、身構えを解いた。さいわい、まだ未完成だというのなら悪害もない、急ぐこともないだろうと、少し楽観的な見方をしてしまう。
「……貴様の、正体はわかった。ただ、貴様がここで、そこに仁王立ちしている意味が全くわからないが?」
『士郎ニ手ヲ出ス 不逞ノ輩ガイルノデナ。ココデ見張ッテイル』
「……そんなものはもういない。あの犬は、消え――」
 す、と黒い人影の指がこちらを指した。
「なんだ……」
『オ前ダ』
「なに?」
『オ前ノコトダ 士郎ノ使イ魔。オ前ガ 一番アブナイ奴ダ』
「何を言うか。私はマスターを、」
『欲シイノダロウ?』
 アーチャーは瞠目して、言いかけた言葉を呑み込んだ。
 浴室から水音が聞こえる。
(あの時……)
 安心させろと言って、士郎と浴室で抱き合った。
 その時の己の行動に理由付けなどできない。
 アーチャーは考えないつもりでいた。
 あれは、一時の気の迷いだと思うことにして、なぜあんなことをしたのか、自分自身でも説明のつかない行為をうやむやにするつもりだった。
 さいわい士郎からも問い質されることはなく、このまま記憶の隅に追いやってしまえば、そのうち自身も士郎も忘れてしまうだろう、と……。
『士郎ガ 訊カナイカラ ホットシテイタノカ? 士郎ハ 訊ケナイダロウナ。オ前ニ何ヲ訊クコトモデキナイダロウ。ナニシロ士郎ハ オ前ニ気ニ入ラレヨウトスルコトデ 頭ガイッパイダ。マッタク ドコガイイノカ コンナ 朴念仁ノ……』
 呆れ口調の黒い人影を睨むが、アーチャーは反論できない。
(確かに訊かれない。だが、マスターは訊きたいと思っているのか?)
 この黒い人影の言うことを鵜呑みにすれば、そういうことになる。
(私に気に入られようと……、とは……?)
 アーチャーの思考はこんがらかってきてしまった。
 順序立てて考えようと思うものの、今、士郎の気持ちというものに初めて思い至ったアーチャーは、頭の中が真っ白になる。
『鈍イ奴ダ』
 嘲笑う声に、アーチャーは目を上げる。黒い人影と睨み合っていると、浴室の戸が開き、
「わっ!」
 風呂から出てきた士郎が、驚いた声を上げている。
 アーチャーからは黒い人影の向こうの士郎がすっぽり隠れて見えない。
 士郎との間に立ち塞がる黒い人影が士郎の方へ振り返り、一瞬見えた士郎が困り顔で黒い人影を見上げている。
「まだ、いるんだな。えっと……、俺、お前のことを呼んだんじゃなくて、」
『アア ワカッテイル。私ハ自ラ出テキタノダ。安心シロ オ前ガ 願ッタワケデハナイ。私デハナク 使イ魔ヲ呼ンダコトクライハ ワカッテイルサ』
 頬に触れ、優しく言い、士郎に片腕を回す黒い人影に、アーチャーは苛立ちの中、立ち尽くす。
『私ヲ 呼ンデホシカッタノダガナ……』
「へ? ちょっ、は、放し、」
『胸ノ傷ハ モウ塞ガッタナ? 幾ツモアッタ傷痕モ消エ キレイダ』
「な、へ? お、お前が、消したのか?」
『アア イカニモ』
「な、なんで?」
『士郎ノ身体ニ 傷痕ナド 必要ナイ』
「へ? ちょ、どこ、触って、」
『イイダロウ? 使イ魔バカリヲ甘ヤカシテ 私ニハ出テクルナ ナド 酷イナ士郎ハ。コンナニモ 愛シテイルトイウノニ』
「は? あ、あい? えっ? なに?」
『満タシテヤルト 言ッタダロウ?』
 黒い人影の手が士郎の腿を持ち上げ、逃げようとした士郎の背中から下りていく手が、狭間へと這っていく。少し立ち位置がずれて、アーチャーには、その様が見えた。こくり、と生唾を飲んだ瞬間、
「ひ! や、やめっ! い、ゃ、い、痛っ!」
 士郎の声に、ハッとする。後孔に指を突き入れられて、その痛みでだろう、士郎は身動きができないようだ。
「やめ……」
『イイダロウ? 見タ目ハ 同ジダ 士郎……』
 黒い人影は甘い声を聞かせ、士郎を丸め込もうとしているようだ。
「ちがっ、」
『アノ使イ魔ト 思エバイイ……』
「違うっ!」
 黒い人影を押し退けて、どうにか逃れた士郎は、アーチャーがそこにいることにようやく気づいた。
「はっ? あ、アーチャーっ?」
 驚きに彩られた琥珀色の瞳は、すぐに伏せられた瞼に隠れ、背けられた顔も首筋も、その身体すべてが淡く色づいている。
「っ…………」
 眩暈を覚えていた。
 言い様のない喉の渇きのような感覚にアーチャーは戸惑うしかなかった。だが、引っ張り出した冷静さでもって、アーチャーは硬直したように動かない身体に指示を出す。
「いい加減に、やめないか。マスターを弄ぶのもたいがいにしろ、呼ばれてもいないクセに勝手に出てきて何様だ」
 アーチャーの言に、パッと手を放した黒い人影はあっさりと士郎を解放する。アーチャーはため息交じりに士郎の腕を掴んで引き寄せ、持っていたバスタオルで士郎の身体を包んだ。
「用意していないと思ってな、タオルを持ってきた。あと着替えもだ」
 自身がここにいる理由を説明すれば、
「あ……りが、と、ぅ……」
 士郎は俯いたまま礼を言った。
「マスター、どうした?」
「あの……、あいつの、消し方、知らなくて、」