第三部10(110) Messiah ~Prelude
少し歩くと両親の家の塀が見えてきた。
アーチのある門をくぐる。
恐らく薔薇のアーチなのだろう。
今は冬枯れているが、棘を持つやや節ばった枝ぶりと枝にたわわに実った赤いローズヒップが花の季節とは違った趣を生み出している。
塀にも葉をあらかた落としたつるバラが誘引されている。
ちらほらと咲き残っている冬薔薇と艶やかなローズヒップが、レンガ塀に映え、ヒップと庭に置かれた石の水盤の水を目当てに野鳥が代わる代わるやって来ては啄んでいる。
「薔薇…なのかしら。花の盛りはさぞかし素敵でしょうね」
「今の雰囲気もなかなか趣があっていいな。…母は花が好きだったからな。きっと今の…庭のある終の棲家を手に入れて、丹精込めて育てたのだろうな」
「ムッター!ファーター!!」
両親を呼ぶミーチャの声に
「いらっしゃい!!」
とユリウスがミーチャ一家を出迎えた。
「ムッター!」
ユリウスとミーチャが固く抱き合って再会を喜ぶ。
「待ってたよ」
「お義母様、ごきげんよう」
「マリオンもいらっしゃい。結婚の挨拶に…ラトビアまで来てくれた時以来だね」
二人が抱擁を交わし、頬を寄せ合う。
「ほら、ヘレナ。おばあ様だよ。ご挨拶して」
ミーチャが傍らのヘレナをユリウスの方へ優しく押し出す。
「こんにちは。初めまして、ヘレナちゃん。バブーシュカですよ」
ユリウスが子供の目の高さに屈んで両手を差し出した。
少しはにかんで父親のコートの裾を握っていた少女が、ソロソロと自分に微笑みかけた美しく優しい婦人に小さな手を伸ばす。
「おいで」
近寄って来た孫娘をユリウスが抱き上げ頬ずりする。
「可愛い」
「髪の色は僕と同じだけど、くるくるした感じがムッターによく似てるだろう?…この子は髪と目の色こそ違うけれど、結構ムッターに似ていると思うんだ」
「言われてみれば…そうかも!」
ユリウスの腕の中の子供が、祖母の輝く金の髪にそっと幼い指を伸ばした。