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草の海を渡って

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 草原の入り日は長い。
 地平線を燃えるような赤に染めながら、巨大な太陽はゆっくりと融けるように沈んで行く。
 一面、茜色に染まってく世界に、調子っぱずれの陽気な歌が響き渡っていた。
 それは旋律というより、ただの、がなり声に近い。ずる、ずると、重いなにかを引き摺る音が、伴奏のように後に続いている。

「なんだ。また、あいつかよ」
 馬上のハンガリーは、無造作に括った髪を靡かせ、珊瑚色の唇を歪めた。
 人の領土に土足で踏み込み、呑気に下手な歌をがなる大胆な闖入者。ひと暴れする良い口実を発見した。
 嬉しそうに悪童の笑みをうかべ、ハンガリーはハッと鋭い気合いと共に、栗毛の馬の腹を蹴る。
 すらりと剣を抜いて振りかざし
「やいギルベルトてめえ!まだ懲りずにウロウロしてやがったのかあ!?」
 高らかに呼ばわれば、顔を上げた少年の姿。

 常は透き通る銀の髪も、十字の繍の灰色のマントもすべてが赤いまだらに染まっていた。白い両頬にはべったりと赤黒く、手のひらの形の血の跡がついていた。青みをおびて光る白目だけが、夕映えのなかぎろぎろと、目立っていた。

「なんだ。お前かよハンガリー」
 血みどろの凄惨な格好だが、彼自身の怪我ではないらしい。少年――ドイツ騎士団は、呻いてガシガシと頭をかく。
「うるせえな…すぐに出ていく。ちょっとくらい多目にみろよ」
「おまえ…それ」
 彼の足元に目を向け、ハンガリーは剣を下ろした。

 少年が引き摺っていたのは、男の屍体だった。
 おびただしい矢傷をうけ、致命傷はおそらく剣で割かれた腹の傷だろう。臓物が流れ出ぬよう革と布で巻かれているが、それは黒ずんだ赤でぐっしょり濡れそぼっている。
 一目でわかる。戦場で死んだ、兵士の死骸だ。

作品名:草の海を渡って 作家名:しおぷ