草の海を渡って
黙って馬を降りたハンガリーは、低い声で祈りを捧げたあと、ひと足先に天に召された勇敢な戦士の顔をまじまじと見た。
「見覚えがある顔だ」
「…だろうな」
その男は常に戦場の只中にあった。なんども戦ったから、覚えている。いつでも、先陣をきり、誇らしげに鉄十字の旗を振り立て、味方を鼓舞するように咆哮していた。
「その穴は、彼の為か」
「あー…」
少年はばつが悪そうに目を泳がせる。
ここはハンガリーの土地だ。勝手に兵士を埋葬するなど、許されるはずがない。どうやって言いくるめるかと頭を働かせているようだ。
ハンガリーは、静かに男と、穴を見比べた。
「道具貸せ。この程度の深さじゃ、獣に荒らされるぞ」
「…え?」
「手伝ってやるよ。早くしろ、陽が沈んじまうだろ」
「……お、おぉ」
少年は、なんとも言えなそうな形に顔を歪め、持ってきた道具をハンガリーに渡す。
長い付き合いだ、礼を言おうかどうしようか、迷っている顔だとわかる。あえて無視をして、ハンガリーは掘りかけの穴に飛び込んだ。