第三部14(114) Messiah 4
ものの10数分でアルラウネは再び楽屋へ戻って来た。
「ありがとうございました。お約束通り車は無傷ですわ」
そう言って町長にキーを返したアルラウネに
「あなたは多分ウチの人よりも余程運転が上手いと思っていたから、全然心配はしていなかったわ」
早速返された車を確認しに、表へ飛び出して行った町長の背中を窓から眺めながら余裕たっぷりに町長夫人が返した。
「それより、何か取りに戻ったの?」
町長夫人の質問に、
「ええ。これを」
と、アルラウネがバッグからビロードが貼られた小箱を取り出した。
「ユリアへのクリスマスプレゼントに持って来たのだけど…今渡した方がいいと思ったから」
そう言ってアルラウネはその小箱を開いた。
「わぁ!」
アルラウネの周りに出来た女たちの人垣から、歓声があがる。
小箱に納められていたのは、一対のイヤリングだった。
ロシアンアールヌーボー様式のデザインのそれは、金の地金にホワイトオパール、バロックパール、小さなダイヤモンドがちりばめられたものだった。
「実はね…少し前に、アレクセイから手紙を貰ってね…」
「アレクセイ…から?」
「生活のためにお祖母様から形見に頂いたジュエリーを全て手離してしまったあなたのために、どんなものでもいいからお祖母様の形見を一つ、あなたに譲ってやっては貰えないだろうかってね。国を出てから自分が不甲斐ないばかりに、あなた一人に家族を支えさせて、筆舌に尽くしがたい苦労をかけてしまった…と。
あの子の心からの悔恨とあなたへの誠意がその手紙からは感じられた。
だから、あなたに似合いそうなものを、チョイスして今年のクリスマスプレゼントとして持って来たの。あなたの晴れの舞台に彩りを添える事が出来て、きっとお祖母様も喜んでらっしゃるわ」
そう言いながらアルラウネがユリウスの耳にそのイヤリングをつけた。
「アレクセイが…」
「そうよ」
「お祖母様の…イヤリング…」
「ええ」
ー いいわ。よく似合ってる。綺麗よ。
ユリウスの金の髪の間で白い宝石のイヤリングが揺れて輝く。
「ありがとう。アルラウネ…」
感極まってアルラウネに抱きついたユリウスの細い肩が震えていた。
「ダメよ、ユリア。今泣いたらせっかく綺麗にお化粧したのが落ちてしまうわ。ホラ、涙を拭きなさい」
アルラウネがバッグからハンカチを取り出し義妹の涙を優しく拭った。
「せっかくのイヤリングが髪で隠れてしまうわね」
「やっぱり髪を上げる?」
「顔まわりだけ纏めればいいんじゃないかしら?」
再び女たちの手が入る。
ユリウスの金の髪は、結局顔まわりだけ纏められてハーフアップに結いあげられた。
「これを結び目に」
入り口に掛かっていたヤドリギの乳白色の実と花瓶に活けられていた赤い冬薔薇の蕾を纏め即席の髪飾りを拵え、ユリウスの髪の結び目に挿した。
正面だけでなく後ろ姿にも華が加わる。
「コンサートホールじゃなくて礼拝堂だから、歌手は正面から入場するものね」
「後ろ姿も見られるからね。これならよし!と」
今日の晴れの舞台のために美しく装った歌姫の姿に女たちが満足気に頷いた。
作品名:第三部14(114) Messiah 4 作家名:orangelatte