不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法7
「うん、聖杯の力なんじゃないかと……思う」
「聖杯……」
アーチャーを見上げると、なんとも苦々しい顔をしている。
「遠坂たちに話す前に、アーチャーに聞いてほしくて……」
「な……」
驚いたように目を瞠ったアーチャーは、やがて辛そうに眉間にシワを寄せた。
(こんな表情(かお)、させたくなかった……)
ぎゅ、と胸が詰まる。望まない契約をして、殺したい自分と生活をして、日々未熟な過去の自分を見せつけられる。それだけでもアーチャーには苦痛だろうと思うのに、さらに、こんな厄介な状態になってしまって、と士郎は後悔に苛まれる。
契約を変更することができないのならば、せめて、アーチャーには心穏やかにと思った。逃れられない運命を歩き続けるだけのアーチャーに、今、自分と契約している間だけは、息抜きができるようにと、そんなことを士郎は漠然と思いつつあったのだ。
「ごめん……、こんな、」
謝ることしかできない士郎に、袖を捲ったままの逞しい腕が伸ばされてくる。その腕にそっと抱き寄せられた。
「そうか……」
気休めも慰めもなく、ただ、そうかと受け入れてくれる。それだけで、身体の変化への恐怖と後悔が和らいだ。
「皆に意見を募ろう」
「え?」
「皆に話しておくべきだ。災厄でも、そうではなくても、対処できる方法を模索する。それは聖杯に関わった者たちの連帯責任だと私は思うが?」
「そ……なのか?」
聖杯を取り込むと言ったのは自分なのに、と言いたげな士郎に、アーチャーは大きく頷く。
「士郎は、ひとりではない。少なくとも、私がいる」
「……うん」
少し照れ臭そうに頷く士郎の腕を引き、アーチャーは立ち上がる。急に立たされて、よろめいた士郎をアーチャーは支え、腰に腕を回し、半ば抱えたまま土蔵の扉を開けた。
「わ…………」
思わず上げた感嘆の声に、アーチャーが振り向く。
夕焼けに染まる空が真っ赤だ。苦しい記憶だが懐かしくもある記憶がよみがえる。
「あの時も、赤かった……」
「ああ」
炎の赤と夕空が同じ色とはいえないが、時々士郎には夕焼け空が、あの災厄の時と同じように見えることもあった。
しばらく空を見上げていると、
「士郎」
呼ばれて顔を下ろした。
「夕食の支度を再開しよう」
アーチャーが手を伸ばす。
「うん」
頷いて、その手を掴み、並んで母屋へ向かった。
居間に戻れば、台所からセイバーが顔を出して、にこり、と笑う。
「あの、ご飯……」
「できたわよ」
士郎に答えたのは凛だ。
アーチャーが投げ出した支度を引き継ぎ、凛が夕食を完成させていた。
「話はあと、あと。先に食べましょ。お腹空いちゃった」
怒ることも責めることもなく、士郎とアーチャーに座るように言い、凛とセイバーが配膳をはじめる。
凛の説教を覚悟していた二人は顔を見合わせ、素直に従うことにした。
*** Interlude VII―2 ***
遠坂は俺の話を静かに聞いていた。そうして、
「衛宮くん、あなたの外見はずっとそのままなのかもしれないわね」
「そ……か……」
背筋に震えが走った。だけど、思っていた通りの意見だったから頷く。
「あなたの成長が止まって、何が起こるか……」
「何か、起こるのか?」
「ええ、予測でしかないけれど……。身長も体重もこのままずっと変わらない。それから、ケガも治る……」
今、遠坂の言ったことは、現状のことだ。
その先に何が起こるというんだろう?
「うん、それで?」
「……老化もしない、いわば、不老不死みたいなものに、なるんじゃないかしら?」
ゾッとして拳を握る。
不老不死、って……、なんだよ……。
血の気が引いていく。
なんとなくその結果もあるかもしれないと考えがよぎったこともある。だけど、そんなのあるはずがないって……、思おうとしていた……。
でも、遠坂に改めて言われると真実味を帯びてきて恐くなる。
今すぐにでも部屋に戻ってしまいたい。
こんな話、していたくない。
けど、俺は、逃げてはいけない。
逃げたい気持ちを堪えて握った拳を見つめれば、そっと背中に手が触れた。
隣に座っていたアーチャーが背中をさすってくれる。
あったかい…………。
少し恐さがマシになった。
「凛、マスターを脅すな」
「脅しているわけじゃないわ。可能性の話よ。んー、でもまあ、不老不死っていうのは、言いすぎかも。ごめんね、衛宮くん。それは曲論だと思っておいて。正直、私にもどう結論付ければいいかわからない。
ただ、本来ならあなたはアーチャーの元になった存在なんだし、いわば、見た目はアーチャーに近づいていく可能性が大きい。なのに、ここでぴったりと成長が止まるっていうのは、やっぱり聖杯の作用なんだと思うの。
それで、その作用といえば、今のところ、傷の治癒。それも、ただ治すというのではなく、まるで傷すらなかったことにするような治癒力。その作用が基だとするのなら、やっぱり老化っていうのは聖杯にとって傷という認識なのかもしれないわ。身体が衰えるっていうのは、治癒するべき事象なのよ、きっと」
遠坂は俺が理解できるように話してくれる。
「不老不死じゃ、ない?」
「なんとも言えないわね。聖杯の作用がいつまで続くのかはわからないもの。あの偽アーチャーがいれば訊くこともできたでしょうけど、もう出てこないんでしょ?」
「ああ、うん」
「なら、そういうものだって諦めて、付き合っていくしかないでしょうね」
「そう……だな」
アーチャーの言った、普通にっていうのは、難しくなったな……。
視線が落ちていく。また膝の上で握った拳を眺める。
「言っておくけど、衛宮くんが一人で悩むことじゃないわ」
「え?」
思いもかけないことを言われて、顔を上げる。
「私たちも、聖杯戦争の関係者だもの。一緒に、考えていきましょ」
「え……?」
「なぁにぃ? ビックリしちゃって?」
たぶん、俺は、すごく間抜けな顔をしてるんだろう、遠坂が苦笑いしている。
「あ、えと……、俺が、取り込むって、言ったのに……」
「その方法にしましょうって言ったのは、私たちよ。それしか方法がないと導き出したのは私とキャスター。だから、衛宮くんが一人で抱え込むことじゃないの」
遠坂は、さも当然という顔で言い切る。
「でも、俺、」
「衛宮くんの悪い所よー。なんでもかんでも背負いこむのは、ダメ。アーチャーもついているんだし、私たちもいる。いろいろ相談できるでしょ?」
「あ、う、うん」
頷けば、遠坂も大きく頷く。
「まずは、その力を一般人には見せないように努力することね」
「りょ、了解」
「でも、衛宮くんは、危なっかしいから……、常に監視が必要になるわねぇ」
「監視って……」
ずっと遠坂に睨まれてるってことかな。でも、学校じゃクラスが違うし、どうすれば……。
「アーチャーを常に傍に置いておきなさい」
「え?」
「衛宮くんが気づかないこともアーチャーなら気づけるでしょ?」
「無論だ」
アーチャーは即答して頷く。
「でも、」
「アーチャーの鷹の目、なめちゃダメよ?」
くすり、と笑う遠坂が、なんだか頼もしくて、それから、ちょっと恐かった。
作品名:不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法7 作家名:さやけ