不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法7
今さらながら、己の行動を反省した。
アーチャーは、士郎の顔を見ていなくとも向き合っているつもりでいた。だが、己があらぬ方を向いていては、士郎にとってそれは、無視されているのと同じことだったのだ。
なにしろ士郎はアーチャーと違い、真っ直ぐにアーチャーを見つめていたのだから、視線が合わないことになどすぐに気づく。
(だというのに、私は……)
士郎が鈍いからとタカを括っていた己が恨めしい。
「すまない……」
「俺、アーチャーに、して……もらって、また、恥ずか――」
「違う!」
びく、と士郎の肩が揺れた。
「ああ、すまない、大きな声を出して。いや、だが、違うんだ、」
じっと見つめてくる琥珀色の瞳は、無垢で、純粋で、まだ、何も知らない子供のようだ。
こんなふうに一心に見つめられると、己が本当にケダモノのような気がしてきてしまい、アーチャーは弱りきってしまう。
「見られなかった……」
「見られ……? なん、で?」
「あんなことをして、あんなことまで言って、普通に顔を合わすなど……、私には、無理だ……」
アーチャーの言い訳は、士郎には疑問だらけのようで首を傾げている。
「あんな、こと?」
「察しろ、たわけ」
恨みがましく言えば、
「セックス?」
あっさりと口にした士郎は、ますます首を傾げている。
「お前……、身も蓋もないな……」
もう少し、言い方というものがあるだろう、と説教したくなる。
「あれは、俺が頼んだからで、アーチャーが、負い目をか、っだ!」
デコピンを喰らわせれば、士郎は額を押さえて項垂れた。
「う……、なんだよ……」
「負い目などと、言うな」
「だって、俺が、」
「私が抱きたいと言ったのだ」
「だ、抱き、っ、な、なに、言ってるんだよ!」
「ああ、何度でも言ってやる! お前を抱きたかったから、抱いたんだ!」
「も、バカかよっ、アンタ、なに急に、」
「ああ、ついでだから言うが、お前から目を逸らしたのは、押し倒したくなるからだ! 夜ならばいい、誰もいないならばいい、だが、この家では来客が、やたらめったら我が物顔でウロついている。そんな中でそんな状況に陥ってみろ、お前は好奇の目に晒され、私は半殺しか、即、座に帰還だ。だから、なけなしの理性を総動員で我慢していたというのに、お前は一心不乱に私を見つめてくる! どうしろというのだ、まったく!」
「…………ごめん」
アーチャーの勢いに気圧されながら士郎は謝る。
「わかればいい。それで、マスターは、何を泣いていた」
「……だから…………、俺のこと……、見てくれないなって……」
「それだけか?」
「だけじゃ、ない、ことも、ない、けども……」
「では、なんだ」
「その件は、遠坂たちが、いた方が、いいと、思ったけど、」
「そうか、ならば、居間に戻ろ――」
「まだっ!」
がば、と士郎に抱きつかれ、アーチャーは声を飲んだ。
「マ、マスター?」
「も、もう少し!」
「は?」
「お、思ったんだ、けど、先に、話して、おこうかって、だけど、言え、なくて……」
要領を得ない説明に、アーチャーは首を傾げ、埒があかない、と士郎の腕を掴めば、微かに震えていた。
「マス…………、士郎」
赤銅色の髪を撫で、
「何があったんだ……?」
静かに訊くが、士郎は何も言わない。
「……士郎、顔が見たい」
頑なにしがみついていた士郎の腕が緩む。
「ぁ、の……ごめ……」
するり、と士郎の腕はあっさりとほどけ、その身体が離れていこうとする。咄嗟にその手首を掴んだ。
「あの、ごめっ、わ、わるい、え、っと、俺、なにして……んだ、って……」
「何とは、私に抱きついてきたのだが?」
「う……、は、はい……」
暗い土蔵の中でもわかる。
目が良いのも考えものだな、などと呑気なことを思いながら、アーチャーは赤くなった頬に触れる。
「っ……」
息を呑む士郎は、いつものようにこちらを見ない。
「士郎」
呼んでも俯いている。
(ああ、私はいつもこんな……)
士郎はいつもアーチャーを真っ直ぐに見ていた。それを己はこんなふうに躱していたのか、と気づく。
「そうか、こういう気持ちになるのだな……」
「えっ?」
ぱ、と顔を上げた士郎にアーチャーは微笑む。
「悪かった。お前を傷つける気など……、まして、泣かせるつもりなど、なかったんだ……」
「ぁ……、え、と……、平気。もう、俺を、見てくれる、から……」
はにかんで笑った士郎を引き寄せ、アーチャーはかろうじてしがみついていた理性から手を離した。
◇◇◇
土蔵の床は初夏とはいえ冷たい。もう少し季節が進んでいれば、冷たくて気持ちが好いと思えるのだろうが、今、そこに押し倒され、服を剥がれようとしている士郎は、思わず震えてしまう。
背中は冷え切っている。だというのに、アーチャーが触れる腹側は熱くて仕方がない。こんな時間に、こんなところで、と士郎は、逃げなければいけないと思うのに、その熱で身体のすべてを包んでほしいと、うらはらなことを思う。
「ン、んく、ぁ――」
熱い唇が声も吐息も奪ってしまう。息苦しさから逃れようとする士郎の唇も舌も、アーチャーのなすがままで、いいように翻弄される。
「は……、アーチャー、ま、待って、ご、ご飯、作って、ない、し、」
「凛に任せた」
士郎はどうにかしてアーチャーを止めようとするが、完全にこちらの意見は無視で、アーチャーは止まるつもりもないようだ。
「あとで、って、先に、」
「無理だ」
さらに圧し掛かる肩を押し上げ、士郎はどうにか自身とアーチャーの身体とに隙間を作る。
「先に、話しとかないと、って、思うことが、あって、」
「…………なんだ」
不機嫌に言ったアーチャーはようやく止まった。
ほっとして士郎が少し身体を起こそうとすれば、アーチャーも身体を起こし、胡坐の上に跨らせ、座らせてくる。
「っ……」
何度かこんな格好でアーチャーと繋がったことがある。その時のことを彷彿とさせ、恥ずかしい格好だと思ってしまい顔が熱くなる。けれども、やっとアーチャーが止まったのだから、と士郎は話そうと思うが、強引ではないにしても、頬や耳に吸いついてくる熱い唇に身体が跳ね、声が上ずる。
「ぅ、っは、……ン、っお、俺、背が、伸び、っ、なくて、」
「ああ、チビだな」
「ぅぐ……。う、うるさい! これからって、思って……、でも、」
「士郎?」
シャツの中を好き勝手していたアーチャーの手が止まる。
「体重も、増えてなくて、」
アーチャーは少し真面目に訊く気になったようだ。
「一月の身体測定から、一ミリも一グラムも変わってないんだ」
「な……に?」
「保健の先生に言われて気づいて、毎日、体重計にのってみたけど、ずっと同じで……、それに、ケガが治るのも、変な感じで……」
士郎は土蔵を見渡し、アーチャーの腕から抜け出て、工具箱から細く小さな釘を取り出した。
「マスター? 何を?」
「うん、見ててくれ」
言いながら釘を指に刺す。
「マスター! 何をし――」
アーチャーが手を伸ばす前に、士郎の傷ついた指は白い帯に包まれ、すぐにそれはほどけ、傷痕すら残っていない指が現れる。
「な……、これ、は……」
作品名:不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法7 作家名:さやけ