MEMORY 序章
プロローグ
ぽっかりと浮き上がった意識に釣られて目を開ければ、白い天井が視界に入った。自分が寝かされているのが馴れた感触のベッドの上ではないと気付く。
この感触は何度か味わった救護詰所の入院用のベッドと同じだな、と思い至る。ゆっくりと体を起こして、見回してみると『あの世界』とは様相がまるで違う。
「え?」
はた、と我に返って、自分の手を見下ろすと、記憶の中の自分の手とは似ても似つかないほど小さい。こんなに小さくては斬魄刀を揮う事が出来ないではないか。
混乱し掛けた意識の中で、耳に着く雨音が記憶を甦らせる。
そうだ。
自分は幼馴染の有沢竜貴の家が開いている道場からの、雨の帰り道を母と歩いていた筈だ。雨続きの天候の所為で増水した川縁に立つ女の子の姿が目に入り、注意してあげなきゃって思って駆け寄ろうとした。母の声がしたのに何故か足を止めようとしなかった。常もなら呼ばれたら運動会の最中だって止まってしまいそうな自分が、何故止まれなかったのか。
疑問で頭がいっぱいになった頃、病室のドアがスライドして父が顔を覗かせた。
「一護‥‥。」
「お、父さ‥‥ん‥?」
戸惑ったような痛みを堪えているような父の声に、丸十年を生きていない筈の子供は何故か事態を把握した。
僅か十歳にならない娘に何を言ったら良いのか判らないのだろう父は、足音を立てずに近寄って抱き締めた。
母から滴り落ちた血が肌の上で滑っていた筈だが、今は感触の残り香もない。綺麗に拭われたのだろう自分の体に痕跡はないが、記憶には嫌というほど塗りたくられた。
「お父さん‥‥お母さん、は‥‥?」
「!」
ピクリ、と跳ねた父の体が全ての答えだと無言で示す。痛みを覚えるほどに強く抱き締められた。
どうしたら良いのだろう。
ここで謝る事は、子供を庇った母の行為を否定するようで言えない。自分を否定する事は身を挺した母を否定する事になる。
隊長の地位まで捨てて護廷を出奔しても守ろうとした母を、子供の所為で失わせてしまった申し訳なさに泣く事を自分に許せない。
【黒崎一護】という戦禍を潜り抜けてきた“少年”の記憶が、十年足らずしか生きていない“少女”に、感情のままに泣く事も自分を否定する事も許さなかった。