MEMORY 序章
「そうそう。挨拶するわけでもないのに校門に立ってるなんて、ヤンキーが目を付けた相手に絡むのと同じよ。」
「教師のやる事じゃねぇな。」
一護に自覚はないが、母親似の一護はかなりの美少女で、腕っぷしの強さを抜きにしても注目の的だった。表情こそ乏しいが、可愛い系美人の一護は、上級生の男子は下より、ヤンキー達も一護に関わりたくて絡んでくるのだ。記憶の所為で、ヤンキーは因縁を付けて絡んでくるものと思い込んでいる為、一護がヤンキー諸君の思惑に気付く事はないのだが。
一護が教室に着くと、織姫が既に登校していた。
「姫、早いじゃん。」
「おはよう、いちごちゃん。」
挨拶を交わしていると、織姫の後ろから本庄千鶴が近付く。織姫に飛び付こうとした千鶴を見て、一護は素早く織姫を引き寄せて千鶴を躱した。織姫に抱き着こうとした千鶴は、自分の胸元で腕を交差させる事になる。
「おはよう、織姫ちゃぁん。」
「え、えと、本庄さん、だっけ?」
両掌を上に向けワキワキと指先を動かす千鶴に、織姫が疑問符を飛ばしながら引き気味に挨拶する。
「そうよっ! 愛しの織姫ちゃん! 覚えてくれて嬉しいわっ! これはもうっ、二人の目くるめく愛の園へといざっ!」
「誰が行くんだよっ。」
一人で盛り上がる千鶴の頭に、竜貴の拳骨が落ちる。
「おはよう、たつき。」
「おはよう、たつきちゃん。」
「おはよ、一護、織姫。」
窓際の竜貴の机に向かう途中で、一護は自分の机に鞄を置いた。
「そういや、一護。早速生活指導とひと悶着したんだって?」
「ひと悶着っていうか、挨拶なしで私の髪色が天然なわけないって決めつけて髪色戻せって言うから、啖呵切ってきただけ。」
「四度も挨拶無視されたって?」
「された、された。染めた髪色なら睫毛の色まで同じわけないっての。」
肩を竦める一護に、竜貴も織姫も苦笑する。
「そんな啖呵切っちゃったら、定期試験である程度の順位取らないと後が大変だよ?」
「あー。数学と英語がなぁ。どうしてもとなったら師匠のとこ行くしかないかぁ。」
「師匠って、浦原さん?」
会話に水色が割り込んでくる。
「おはよう、小島君。」
「おはよう、有沢さん、井上さん。」
「で、浦原って誰?」
反応したのは竜貴だった。
「自称・しがない駄菓子屋のハンサムエロ店長。」
「何、それ?」
織姫と竜貴は噴き出し、水色がそうなんだ、とごちる。
「興味のない事には面倒臭がりで怠け者だけど、出来ない事探した方が早い人なのは確かだし、ハンサムはまぁ、自称だけでもないかなぁ。」
「そうかぁ?」
啓吾が訝しそうに会話に入ってくる。
「えっと浅野君、だっけ?」
「そうです。覚えてくれたんだ、ありがとう、井上さん。」
感涙に咽びながらどさくさ紛れに織姫の手を握ろうとした啓吾の手は竜貴が抓り上げた。
啓吾の態度が図々しいと非難して竜貴の意識が逸れている間に、チャイムが鳴ってショートホームルームが始まった。
出席を取った後、越智美諭は一護に事情を聴き、水色や啓吾の証言もあって、越智自身が一護の睫毛の色を確認して髪色を天然と断定した。
「目立つ事を気にしないなら、別に染めていようが構わんしなぁ。あたしからも鍵根先生には申告しとく。」
「よろしく、越智センセ。」
「応。そいじゃ、一時間目は数学だな。また後でな。」
一護の隣の席から水色が声を掛けてくる。
「話の理解る担任で良かったね、一護。」
「男前な先生みたいだ。ありがたい事。」
担任教師も記憶通りの越智だった。
今のところ、記憶と違うのは、一護の性別と、浦原との関係。
甘える心算はないが、浦原の思惑はおそらく一護の推測通りだから、ルキアが現れれば記憶通り利用しようと考えるだろう。ならば、こちらも遠慮なく利用させて貰うまで。
中学の頃から浦原商店に出入りするようになってから、学校が短縮授業の時や休みの日に修行を付けて貰っている。高校では部活に入る心算はないから、放課後に時間が出来るが、ルキアと出会えば確実に出来なくなるので、今の内はなるべく家事を手伝うと決めている。最近、遊子が料理を覚えてくれているし、テッサイの料理に舌が馴れてしまった一護の口にも合う物を作るので、全面的ではなくとも任せてしまおうと思っている。
女であるが故か、記憶の中ほどに怖がられる事もなく、一護はそれなりにクラスに馴染んだ。眼付を隠す為の伊達眼鏡は続けている。眼鏡のお陰で表情の変化が乏しい事には割合気付かれていない。眉間の皴は、前髪を伸ばしてある程度隠している。
父・一心は記憶の中と違って一護が娘である所為か、記憶ほど放任でもないが、一護から聞いた“記憶”の所為か、余分な干渉はしてこない。男親には知られたくない事もあるという一護の主張は通り、月額の小遣いは定期的に貰えるので、無駄遣いをしなければ、妹達の誕生日や友人の誕生日、季節のイベントなどに困る事もなくて済んでいる。
ゴールデン・ウィークが明ける頃には双子の誕生日だ。連休中に一日だけ修行を休んで、双子と浦原商店の子供達を遊園地に連れて行くのが、一心と一護からの双子への誕生日プレゼントとなった。テッサイが手作り弁当を差し入れ、みんなで繰り出す為の車を浦原が貸し出してくれた。更に、夏梨の霊力の特性を一護から聞いて知った浦原が、人混みでも夏梨がつらくならなくて済むように、簡易結界を張るお守りをくれた。ペンダントの形をしたお守りは、女の子が身に着ける事の出来るアクセサリーとしては無難で、誕生日プレゼントだと言われれば無碍に拒否も出来ない。お陰で、遊子の為に人混みを我慢しようと思っていた夏梨は、思い掛けず遊園地を楽しむ事が出来た。
遊園地は、数こそ多くないが、夏梨と同じ年頃の子供の霊が集まるので、感応し易く夏梨にとって苦手な場所だったのだ。尤も、夏梨はそんな事は一心にも一護にも言った事はなく、二人は知らないと思っていたのだが。