MEMORY 死神代行篇
一心との話を終えて部屋に戻った一護が、風呂上がりのルキアを迎えてそろそろ寝ようと話していると、伝令神器が警報をがなり立てた。
「何処に出現するって?」
一護には何となく判っていたが、敢えて確認する。ルキアは悟魂手甲を嵌めながら叫び様、一護を死神化させた。
「今っ! 此処だ!」
同時に壁から突き出した虚の腕が一護に伸びる。
『黒崎一護。』
一護を指名する虚は、確かにアシッドワイアー。織姫の兄・昊の馴れの果ての姿だ。
今の一護なら、アシッドワイアーをすぐに仕留められる。が、一護は織姫に能力を開花して貰う必要があると考えていた。ルキアの進言も半分聞きで、織姫の下へ行く隙を作り追い掛ける。
仮面の一部を割って覗いた顔が昊のものである事を確認しても、一護には判っていた事で、それについてルキアを問い質す事もしない。
小柄なルキアを背に負い、アシッドワイアーを追い掛ける一護が無言でいる事に、ルキアの方が疑問を覚えて口を開いた。
「訊かぬのだな、一護。」
「ん?」
「虚の仮面の下を見たのだろう?」
下から覗くのは虚になる前の人間の顔だ。
「虚が、元は整だって事に、私が躊躇すると思ったか?」
「……元が人間である事に、疑問を抱かぬという事か?」
「虚を『悪霊』だって言ったじゃんか。悪霊ってのは、整の霊が変化したものだろう。仮面の下から人の顔が出てきて何の不思議があるんだ?」
一護はあまりにも死神の存在に対して疑問を持たな過ぎると思っていたが、これは浦原辺りから聞いていたのだろうか? 尸魂界のシステムをおいそれと現世の生き人に報せて良い事ではないと、あの男は心得ていないのか。
「虚の気配を追っているのか?」
「あの虚は、元は姫の兄貴の昊さんだ。なら狙われるのは姫だろう? 私を狙ってきた筈なのに、逃げたって事は虚の本能で姫を狙いに行ったって事じゃないのか?」
知り合いだったのか、と問うルキアに、交通事故に遭った兄を運び込んだ織姫を迎えたのが自分だ、と答えた一護に声を飲む。
ルキアを織姫のアパートの敷地に残し、部屋に飛び込んだ一護が見たのは、今まさに織姫を襲おうとしている虚の姿だった。慌てて虚の手を遮り追い払う。一旦引いた虚に視線を流すと、記憶通り織姫は霊体になっていた。
「そうさ。俺が織姫を殺……。」
「死んでないっ!」
アシッドワイアーの言葉を遮って一護が叫ぶ。
「姫はまだ死んでない! 兄貴が妹を殺すなんて死んでもやるな!」
「黒崎一護、何故邪魔をする。」
「あんたが本当に姫の命を奪う事を望む筈がないからだっ!」
虚に取り込まれて虚にされた整の意思が残っている確率など極めて低いが、一護は幼い織姫を育ててきたのが兄の昊だと織姫から聞いていた。
幼い子供を育てる事が容易でない事は一護も知っている。
昊と織姫ほど離れてはいないが、一護の母が亡くなった時、双子の妹達も幼かったのだ。
町医者の父親の存在があったから、経済的には苦労などした事はないだろう。だが、母を失くした事を理解出来ない妹達は、その寂しさを埋めるように一護から離れなくなった時期があったのだ。幼い子供は周囲の感情に敏感だ。自分が泣いてしまうと妹達も泣いてしまう事が判っていたから、妹達が泣く姿を見たくなくて、一護は母を失くした後、泣く事が出来なかった。泣くのを我慢したまま笑顔を浮かべても、下手糞な笑い方にしかならない事も理解っていたから笑う事も出来なくて、どんな顔をしていいのか判らずにいる内に、一護の表情筋は感情に正直になってくれなくなった。妹達から解放される時間が出来た頃には、時間が経ち過ぎて、今更母を失くした痛みを涙に替える事は出来なくなっていた。
「俺は……。」
「残していく方だけがつらいなんて思うなっ! 残される方だってつらいんだっ!」
そうだ。この兄妹は、例え兄が虚にされてしまっても、本人としての魂が残っている。現世に一緒にいられなくなってしまっても、世界が違っても、存在している事は確かなのだ。
「そうだ。だから織姫にもつらい思いをさせない為にも……。」
「そんな真似をしたら、姫の存在そのものを失うんだ! 何処にも姫がいなくなる! 失ってから姫の不在を嘆いても取り戻す術はないんだぞ!」
言い募る一護の言葉は、アシッドワイアーには届かなかったが、織姫が髪に着けているヘアピンが目に入ると、アシッドワイアーは動きを停めた。苦しむが、整としての正気を取り戻すまではいかない。
結局、織姫の兄を思う心が、昊の正気を一時的とはいえ取り戻した。一時的とはいえ正気を取り戻した昊を、織姫は笑顔で見送った。
霊体のまま一護に事情を訊こうとした織姫を、ルキアが寸でで記換神器を使う事で押し留めた。記憶通りなら、織姫は夢だと思う事にしただけで、死神化した一護と接触した事で元から素質のあった霊力を高めてしまったのだけれど。
作品名:MEMORY 死神代行篇 作家名:亜梨沙