MEMORY 死神代行篇
翌日、六年前とは違って朝からよく晴れていた。
お嬢様設定のルキアには母の日傘を貸してやり、それを見て遊子が少し涙ぐんだ事に、一護は気付かないふりをした。
「………良いのか?」
「良いんだよ。私達にとって、母の一番の形見が自分自身だと、そのうち理解る。」
その言葉に、ルキアは自分を責めながらも自分を粗末にしてはいけないのだと、一護が自分に言い聞かせてきた事を知る。一心はすぐ隣を歩いていたから、二人の会話は聞こえていただろうが、何も言わない。
墓参を済ませ、一心の度を越した冗談を一護が脳天にチョップを落として黙らせ、自由時間を宣言されて解散になると、遊子は夏梨と共に何処かへ泣きに行ってしまう。
一護はルキアと共に高台へ足を進め、遊子が夏梨に縋り付いて泣いている姿を見下ろせる場所へ出た。
「六年くらいでは、悲しみが薄れる筈もない、か。」
「虚に食われたら魂そのものが消えるんだろ?」
「ああ。」
「死んでも魂そのものは残ってて、見守ってくれてるって信じているから、毎日を生きられるんだ。」
それは妹達の事だろう。一護自身は母が虚に食われた事を知っている。消滅してしまった事を知っている。では、一護は何を信じて生きている? 母が我が身を挺して守った子供自身が罪悪感を覚えずに生きる事が出来るのだろうか?
不穏な気配を感じて、ルキアははっとする。
背後に誰か、死神が潜んでいるような?
「気配を消してんね。隠密機動っつー奴か?」
一護が唐突に口を開き、気配の方へ振り返る。
編み笠を被って顔を隠しているが、死覇装を身に着けた男が木の陰から現れる。
「へぇ? 隠している俺の気配に気付くなんて、一体何者なんだろね?」
現れた男は、記憶の中と同じ顔だった。
「ルキアの、滞在期間無断延長の調査、ってとこかな?」
「一護……!」
何故、そんな事まで知っている?
ルキアの無言の問い掛けに、一護は肩を竦める。
「今まで見掛けた現世駐在任務に就いた死神は、大体一カ月で交代していたから。」
「今まで見掛けた?」
ルキアの呟きに応える事はせず、一護は男を見つめる。
真央霊術院でルキアの二期上に在籍した隠密機動予備役所属・西堂栄吉郎、だった筈だ。
「現世の生き人が、どうしてそんなに死神の事を知ってんのかね?」
「ルキアから聞いたわけじゃないぞ。」
「だったらどうして、そんなに詳しく………。」
「情報源くらいある。」
「ふぅん?」
鮮やかなオレンジ色の短い髪、華奢な肢体、緩いTシャツと細身のジーンズからは、西堂には一護が男か女か判別が付かなかった。が、この年頃の男なら声変わりしている筈だから、女、なのだろうと見当を付ける。
「現世の生き人とイイ仲になって離れ難い、とかじゃあないわけね。」
「……そんな悠長な理由なら、もっと気楽なんじゃね?」
「なんだ、それはっ!」
ルキアが心外だっ!と声を荒げる。
一護はルキアが背負うバッグから引き出したぬいぐるみからコンを抜き、口に放り込む。忽ち一護は死神化し、斬魄刀を抜いた。
「コン。遊子と花梨を見といて。」
「お、おう。」
覚束ないながらも返事をしたコンを横目に、一護は西堂に向き直る。
「名を聞こうか、死神。」
「……お前さんは?」
「私は黒崎一護だ。」
「いちごちゃんかぁ。可愛い名前だな。」
“苺”と発音した西堂に、一護は眼を眇める。
「あんたは?」
「俺は隠密機動予備役の西堂栄吉郎ってのよ。宜しくな、いちごちゃん。」
「……ルキアの無断長期滞在の理由を調査にでも来たのか?」
「おお。よく判ったね。」
「ルキアが連絡なしで無断で長期滞在している理由は、私にも少しは責任があるらしいからな。」
「へぇ?」
誘導尋問で余分な事を引き出したいと目論んでいる西堂に、一護は言葉少なに何を説明しようかと考える。
「…私の霊圧で虚の居場所が感じられなくなって出遅れた所為で、霊力をほぼ全部虚に吸い取られてしまったらしいからな。」
「……それでなんで無事なの?」
「私が死神の力を持っていたからだよ。」
「黒崎一護なんて死神は、いない筈だけどねぇ?」
誘導尋問を仕掛けた西堂に、一護はくすりと笑う。
「隠密機動予備役程度で、全死神を把握しているとも思えないが?」
「!」
ぴくり、と西堂の頬が微かに引き攣る。
「言ってくれるじゃないの?」
片眉を上げる西堂に、一護は唇の端を微かに上げて不敵に笑う。
隠密機動予備軍のこの男とは、記憶の中では始解はせずに剣技だけで遣り合った。この後のグランド・フィッシャーとの一戦を考えれば、西堂との対戦はウォーミング・アップには丁度良い筈だ。
記憶の中の“一護”は、この頃は未だ死神の能力の本当のところはまるで知らず、剣の揮い方も知らず、始解をしない西堂といい勝負だった。
「ま~だ、ルキアを連れ戻されたら困るんだよねぇ。」
「ふ、ん? お前さんの都合なんざ俺ぁ、知らねぇなぁ。」
「一護……。」
困惑するルキアに視線をやる。
浦原がルキアに貸し出した義骸は、案の定、いつまで経っても霊力が戻る気配がない。義骸の料金は契約違反を理由に、付けの利子毎チャラに出来そうだ。
「そのうち嫌でもバレるんだから、今暫くは見逃して置いて貰えないかなぁ?」
「どうしてもってんなら、力づくなんてどうよ?」
西堂の反応は、一護を少年と判断してか挑発的だ。
確かにショートヘアだし、体のラインが判らないシャツを着ているし、ジーンズも脚を隠しているし、コンは男性の意識を持っていたし、誤解しても仕方ないかも知れない、と一護は溜息を小さく吐いて剣を構えた。
「言っとくが、私はこれでも現世の生き人だからな。それを忘れるなよ。」
「現世の生き人が何で死神の力持ってんのかな?」
「私が教えてほしいくらいだよ。幼い時に気付いたら死神の力を持っていたんだからな。」
不審がるように眉を顰めた西堂に、一護は肩を竦める。
「少~し、ウォーミング・アップに付き合って貰おうかな。」
一護は肩を回しながら、口を開く。
「うおーみんぐ……なんだって?」
「warming up、だよ。準備体操。」
「一護……?」
一護は斬魄刀に手を掛けて。いつでも抜けるように構える。
ルキアの脳裏に浦原の忠告が過る。
記憶の中では、“一護”は現段階で西堂に敵わなかった。一護は中学の頃から浦原に鍛えて貰っている。虚を相手にしている時には、藍染の監視の目がある可能性を考えて、悪く言えば手抜きをしている。それについてルキアから疑問の声を掛けられる事もあるが、全力で当たって疲労が溜まると学業に響くと言って黙らせている。
一護が構えると、西堂も斬魄刀を抜いた。
一護は西堂の構えを見て肩に入っていた力を抜いた。普段浦原に相手をして貰っているが、浦原が手加減をしている事は理解っている。だが、西堂相手にボロ負けしていた“一護”よりは経験値を積んでいる筈だ。
此処で西堂に大きく後れを取るようでは、この後すぐに現れるグランド・フィッシャーに手も足も出ずに取り逃がしてしまう。
作品名:MEMORY 死神代行篇 作家名:亜梨沙