MEMORY 死神代行篇
鬼道で手当てをする浦原に、一護は顔色も変えないが、雨竜は浦原の力の種類が判らず面食らう。
浦原から鬼道の波動を感じて、一護はその場にぺたりと座り込んだ。
「黒崎サン?」
「黒崎?」
へたり込んだ一護が深く息を吐く。
「限定霊印受けててあれかぁ。」
「ああ、朽木隊長っスか。」
「石田はイイ度胸だな。あれほどの実力差ある相手に自分から絡むなんて。」
「赤い髪の男の方はそうでもなかったろ。あの男、朽木さんを追い回していたんだ。見過ごせるか。」
「フェミニストだったんだな。」
「なっ……」
傷の手当てが済むと、雨竜は飛び起きて一護に食って掛かろうとして、一護が少女だった事を思い出して留まる。
雨竜の不自然な所作に、一護は雨竜の気持ちの変動を読み取って苦笑する。
浦原と夜一は意味が理解らず揃って首を傾げた。
「今日は終業式だから出とかないとなぁ。」
「黒崎がそんなに真面目だったとはね。」
「髪の色で測ってんのか?」
「いや。入学式の日に乱闘騒ぎを起こすような生徒が、真面目だとはとても思えないからね。」
「……目の前で事態を見ていたわけでもないくせに、噂だけで判断してんじゃねぇよ。」
「乱闘騒ぎは……。」
「極力避ける為に、普段は伊達眼鏡掛けてんだよ。」
「なるほどぉ。」
雨竜が反応する前に、浦原が納得がいったという顔で手を打つ。勢いを削がれて雨竜が浦原に向き直り、へらりとした笑みに肩を落とす。
「髪の色が派手だって、小学生の頃からPTAに絡まれてたんだ。空手やってたから子供には絡まれなかったけどさ。」
肩を竦める一護に、夜一がふっと息を吐く。
「夜一さん? どうかした?」
「お主も苦労しておるようじゃの。」
「家の髭達磨は知ってるよ。理解者がいる我慢は苦労とは言わないんだってさ。」
「理解者……って、いま誰が喋ったんだ?」
「ん? 私、『夜一さん』って呼び掛けた筈だけど?」
「夜一さんって、今、猫が喋ったような気がしたんだけど……。」
「気、じゃなくて、確かに猫の姿してる夜一さんが喋ったけど?」
「猫が喋ったって、君には常識はないのかっ⁉」
「滅却師なんて、常識外れな存在の自分を棚に上げて、何言ってんだよ。」
浦原に勢いを削がれて口を噤んでいた雨竜が、復活して一護に絡む。
「そんな事より、どうして朽木さんを行かせたんだっ!」
「今の私じゃ、連れ戻しに来た連中に敵わないから、立ち向かっても犬死だからな。」
「だからって無抵抗で行かせて良かったのかっ⁉」
「尸魂界に出向いて、ルキアの処刑を決行しようって奴の意思を翻させなきゃ、ルキアを助ける事にならねんだよ。」
「そんな真似……っ!」
「する為に浦原さんがいんだろが。」
「え……?」
「現世には駄菓子、死神には霊具を売り付けてる店が、尸魂界と無関係だと思ってんのか?」
一護が呆れたように溜息を吐いて立ち上がる。
一護のその言葉に、雨竜はハッとして浦原と夜一と呼ばれた猫の霊絡を視覚化する。
「でも、猫が死神……?」
「死神が斬魄刀だけ振り回すわけじゃないのは知ってんだろ。」
「まぁ、君は出来ないみたいだけど、鬼道も使える筈だな。朽木さんは力は弱かったが使ってたみたいだし。」
内心で「この野郎」と思いながらも、一護は頬を引き攣らせながらも言葉を呑んだ。
「まぁ、朽木白哉は、私がルキアから『力を貰った俄か死神』だって気付いてるだろうな。」
「……それなのに見逃したんスか?」
「死神化していなかったから、一人で死神化出来ないって思ったんじゃね?」
「……死神化が出来なければ、朽木サンが力を譲渡していても朽木サンがいなければ俄か死神は出現しない、それなら支障はないッスか?」
浦原の憶測の三段論法に、一護は「多分な」と応えて息を吐く。
「『現世の生き人を殺すのは死神の仕事じゃない』って言った事を考慮するくらいには冷静なんだろ。」
「赤い髪の男はそうでもなかったようじゃがの。」
「あれは、朽木隊長に敵わなくて自分の力じゃルキアを助けられないからって、唯々諾々と上の命令に従いながら、自分がやりたい事をやる存在に八つ当たりしてんだよ。」
「何もかも知ってるみたいな事を言うんだな。」
雨竜の呟く声を拾った一護は、晶露明夜の刀を出現させる。
「『碧星』の『木魂』は、本気で斬り結べる相手なら情報を読み取る事が出来るんだよ。」
「だから浦原さんの事も知ってたって事なのか?」
「アホ。」
「なっ……!」
「浦原さんが私相手に本気出してるもんか。」
悔しそうに眉を顰めている一護に、雨竜は浦原に視線を送る。浦原は扇子で口元を隠してはいるが苦笑している。
「石田、雪辱戦する気なんだろ?」
「! 見透かしたような事言わないでくれないか?」
「浦原さんは尸魂界に私達を送り込む術を持ってる。行きたけりゃ行けるよ。尸魂界には、あんたのじーさんを見殺しにしただけじゃなく、研究材料にした隊長もいるけど?」
「!」
「研究材料ッスか?」
「あの気狂いは、滅却師の掃討作戦が行われた時は護廷にいないだろ。」
浦原の横口に応えた一護の答えで、浦原にも夜一にも気狂いの正体が知れる。
「じーさんの仇が打ちたいなら力を付けるこった。隊長の中じゃ弱いっつっても、赤髪の男、阿散井恋次よりも遥かに強いぞ。」
一護の言葉に、雨竜は唇を噛んで決意を固めた。
「浦原さん。」
「ハイ?」
「私はルキアを助けたい。けど犬死する気も自殺願望もないんだ。だから、尸魂界に行っても生き残れるように、鍛えてくれね?」
「……いいッスよ。」
言い包める手間も説得する必要もないのはありがたい、と浦原は内心で思いながら溜息を吐いた。
「明日から十日間、アタシと殺し合い、出来ますか?」
帽子の唾の下から覗いた緑を帯びた金の瞳が真剣な色を向けてくる浦原に、一護の心臓が跳ねる。
「……必要な事なんだろ?」
「……そうッスね。」
「なら、出来る出来ないじゃない。やるよ。」
「……いい覚悟ッス。」
帽子を押さえて鍔を下げた浦原に、視線の呪縛から解放された一護はほっと息を吐いた。
「なら、今日中にそっちに行くよ。」
「じゃあ、僕はこれで。」
石田が立ち去ると、一護は夜一に視線を向けた。
「姫とチャドの修業は、夜一さんが付けてくれるわけなんだろ?」
「……知っておったのか。」
「あの二人の力が目覚めた時点で、見当は付いてた。姫は優し過ぎるから虚相手でもなきゃ攻撃出来ない。救護要員だと思って連れてくよ。二人が生きて帰れるように鍛えてやって。」
「……承知じゃ。」
「それと浦原さん。」
「ハイ?」
「霊圧遮断のマントか何か人数分用意出来ない?」
「え?」
「尸魂界に入ってからは兎も角、穿界門を潜る時に拘突に出会うとマジで困る。」
「……そうッスね。揃うかどうか判りませんが、なんとか出来る分だけでも。拘突が出るって思ってるんスか?」
「……奴がその程度の技術、掴んでないと考える方が変だと思うよ?」
「!」
じゃあね。
軽く挨拶をして一護は二人に背を向けた。
「あやつは、何処まで知っておるのじゃ。」
作品名:MEMORY 死神代行篇 作家名:亜梨沙