MEMORY 尸魂界篇
一護は岩鷲と花太郎を連れて、懺罪宮四深牢に進むと見せ掛けて、地下水路に身を隠した。
「一護、あのまま進みゃあ良かったんじゃねぇのか?」
「いや。考えてみたら、ルキアを連れ出しても、只奪還しただけじゃ現世まで追って来られて同じ事の繰り返しなんじゃないか?」
「あ……?」
「全死神が、ルキアの処刑に賛成でもなさそうだしな。」
「………どうする心算なんだ?」
一護は、自分の頬に残った掠り傷と、岩鷲が負っている傷を見比べ、花太郎を見遣る。
「流石に一角と恋次と続け様に戦って、その上に更木剣八じゃ手に負えない。ここらで休憩しないと。」
「更…木…剣ぱ……ち……⁉」
花太郎が震えながら口を開く。
岩鷲は花太郎の反応の意味が掴めず顔に疑問符を浮かべている。
一護は諦めたように溜息を吐いて口を開く。
「瀞霊廷内に落ちた最初に出くわしたのが十一番隊の三席でさ。」
「十一番隊の三席……? 班目一角さん?」
「そ。で、そいつに勝ったら、別れ際に『仲間内で一番強いのは誰だ』って訊かれて。」
「一護さんなんですか?」
「んにゃ。でも一番強い人は隠れるのも上手くて、更木剣八には見つからないように逃げ果せる事が出来る。他は話にならないだろうっつったら……」
「…たら?」
「仕方ねぇな、だとさ。」
一護が肩を竦めると、花太郎は顔色を青く変えた。
「一護さんっ!」
「私は陽動なんだよ。」
「陽動?」
岩鷲が目を瞠る。
「私が派手に死神達の眼を引いている間に夜一さんが必要な行動を取ってくれる。」
「夜一さんって……。」
呆れて絶句する岩鷲に、一護は岩鷲が夜一の正体を知らないのだと気付く。
「なんだ、岩鷲は知らなかったのか。夜一さんは空鶴さんの親友だ。」
「……姉ちゃんに、猫を親友に持つ趣味があったなんて……。」
「………空鶴さんに聞かれたら、蒼火墜くらい落とされんぞ。」
溜息混じりに言う一護に、岩鷲がきょとんとする。
「夜一さんが只の猫じゃないって発想は出来ねぇの?」
「あ?」
一護はそれ以上は何も言わず刃禅を組む。
「おい、いち……。」
追い縋ろうとする岩鷲を花太郎が止める。
「花?」
「あれは刃禅と言って、斬魄刀と対話する為の形です。精神世界に入る為の儀式のようなものなので、邪魔をしてはいけません。」
「………。」
死神を嫌ってきた岩鷲は、死神については何も知らないも同然なので、花太郎に言われる儘に引き下がるしかなかった。
一護は刃禅を組んで、自力で精神世界に入った。
『一護。』
「……やってみると出来るもんだね。」
自分の精神世界を見渡して、一護がポツリと呟く。
一護の精神世界は、高層ビルが林立して聳え立つ摩天楼景色だ。
精神世界に入った途端に声を掛けてきた斬月に意識を向ける事なく見回していると、不意に感じた気配にスッと身を躱すと、天鎖が剣を振り下ろした。
『ヘェ、やるじゃねぇか。』
「天鎖。」
振り向くと、一護と色を反転させた存在である天鎖が立っている。
『何故、来た?』
「時間的余裕がある時に此処に来て、自分の斬魄刀の事を知るのは必要な事じゃん?」
表情こそ変えないが、一護は小首を傾げて見せる。
『可愛げを見せればそれで良いと思ってやがるな?』
「へ? 可愛げ?」
『天然かよ。』
意味が理解らずきょとりとする一護に、天鎖は舌打ちする。
『何をしたくて此処に来たのだ?』
「確認、に当たるのかな。」
『なんだ?』
「ん~。始解に必要なのは斬魄刀の名と解号、つまり対話、だよな?」
『そうだ。』
「卍解に必要なのは?」
『屈服、だ。』
「………それって、私が斬魄刀であるお前達を屈服させないと駄目って事か?」
『そうだな。』
はぁっと、一護は深く溜息を吐く。
「技術だけじゃ駄目なんだろ?」
『無論だ。霊圧も精神力も、お前が私達を越えねば卍解には至らぬ。』
『技術だけじゃってなぁ、なんだ? 技術なら俺達を超える自信があるとでも言う心算か?』
「自信なんかあるわけないだろ。けど少しは斬月の事も理解る心算だ。月牙は私の霊圧を食って放つ斬撃。だったら、高密度で大きな剣戟を放てば大虚を簡単に斬れる斬撃を飛ばせる天衝になるし、同じ密度で小さな剣戟を飛ばせば数多くの斬撃を一遍に放つ放散が撃てる。」
『浦原に言っていたようにコントロール次第、というわけか。』
「そう。この先は隊長と対峙する事になるだろうから、天衝を放散並みに小さく凝縮して撃てるようになりたいんだ。」
『途轍もない圧力を加える事になるな。』
「出来れば瞬時に放てるようになりたいんだ。」
『なかなか乙な事を望むじゃねぇか。』
一護が真っ直ぐに見つめる先で、斬月が口元を緩め、天鎖がにやりと嗤う。
「此処で修業すれば良いか?」
『………付き合ってやるよ。』
天鎖の手に、色が逆転した斬月が現れる。
“記憶”では、精神世界でこの状況が現れたのは、確かホワイトと融合した一護の本当の斬魄刀が一護自身を乗っ取ろうとしていた時期だった。一護の未熟さに苛ついて、取って代わろうとしていた状況下だった“記憶”だ。言葉では自分が一護と成り替わると言いながら、本当の斬月は、一護をこそ守ろうとしていたようにしか見えない。
守られて当然という意識では駄目だろうが、本当に消し去られる危険はない。元より、利用させて貰う事は良しと出来ても、甘える事を自分に許せる一護ではない。
一護は無言で天鎖と対峙する姿勢を取った。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙