MEMORY 尸魂界篇
『しょーがねぇな。貸してやるよ。』
剣八が眼帯を外すとやはり霊圧は何倍にも跳ね上がったが、剣八の持つ斬魄刀もより高い悲鳴を上げている。
「あんたには“それ”は聴こえないのか?」
「? 何の事だ?」
「……そうか。聴こえないのか。」
一護は小さく息を吐いて、より霊圧を上げた。
(奴は独りだ。どれだけ霊圧が高かろうが、こっちは三人掛かりだからな。負ける謂れはないよな?)
『無論だ。当然だろ。』
対峙する二人の霊圧が異常なまでに高まる。
一護は恋次と対峙した時、懺罪宮の周囲に晶露を薄く結界として張っていた。自分の霊力と剣八の霊力を晶露に取り込めるものなら、と思ったのだが、そんな真似はとてもの事無理だった。せめて自分の霊圧の上昇を他に悟られないように、晶露の範囲を縮めて自分と剣八の周囲に集中させてある。遮断する結界にはならないし、完全に霊圧を消してしまうのは要らぬ疑惑を招く事になるので、一護自身は晶露で良いと思っている。
一角や恋次を然したる苦労もなく下してきた一護も、剣八を無傷で倒せるとなどとは露ほども考えていなかった。剣八の強さから考えて、“記憶”の中で一護が勝ちを拾ったのは、剣八が一護の霊力を読み誤ったからだ。目の前の剣八も一護の霊力を無意識に読み誤るとは限らない。“記憶”と違い、一護には斬月だけでなく天鎖も付いていてくれるから、と言う事態が一護にとって一縷の希望になっているのだ。
尸魂界を離れて久しい夜一では掴み得ない存在については、一心からの情報を装ってアドバイスもしてある。
”記憶”通りにしない事がどんな番狂わせを招くのか計算しきれていないが、浦原が傷薬の一つも持たせてくれなかった事と、夜一が同行している事から、隠れ家がある事を期待していたが、期待を外されていないようだから、死ななければ何とかなる。
「もう少し楽しもうぜ、一護。」
「はっ! 御免だね。斬魄刀にそんな悲鳴を上げさせている奴の相手なんかさせられたら、戦いよりもそっちで参っちまうからな。」
「そんな軟な神経じゃねぇだろ! 俺とこんな死合いが出来んだからな!」
剣八が無意識に制御した“全力”で撃ってきた剣と、一護が斬月と天鎖と力を合わせて全力放った剣が衝突する。
二つの霊力がぶつかり散った後に、大柄な剣八の体と小柄な一護の姿があった。
「ここまで……か……。」
呟いて一護は力尽きて崩れ落ちる。
晶露を暴発させない為に、必死で意識を保っていると、剣八が呟く声が耳に届いた。
「なに……が……ここまで……だ……ってんだ……テメェの……勝ち……だ……。」
どさりと崩れ落ちた気配に、一護は気力で保っていた意識で晶露を凝縮させる。
「剣ちゃんはいっちーのお陰で楽しく戦えました、ありがとう。」
ぺこりと頭を下げるやちるに、一護の口元に苦笑が浮かぶ。
「やちる……だっけ……。」
「! うん、そうだよ。」
一護がやちるの名前まで憶えているとは思わなかったのか、やちるが嬉しそうに頷く。
「剣八の怪我、治す為に、卯の花さんを呼ぶんだろ?」
「? うん。」
どうして卯の花の名前まで知っているのか不思議そうに小首を傾げるやちるに、一護は息を切らせながら言葉を継いだ。
「伝言…頼まれて…くれるか?」
「伝言?」
「卯の花さんに………騙されるな……って……完全催眠……の…能力を……持つ……斬魄刀が……ある……って。」
「騙されるな? 完全催眠? 斬魄刀?」
やちるは意味が理解らないのか、首を傾げながらも大事な単語は口にした。
「うん。……その…三つを……卯の花……さんに…伝え…て……。」
「うん、いいよ。いっちー、出来れば死なないで。また剣ちゃんと遊んでね?」
一護は声に出して返事はせずに苦笑だけを返した。
そして、手の中にペンダントと始解を解いた斬魄刀が戻ると、必死で保っていた意識を手放した。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙