MEMORY 尸魂界篇
09,潜入
「尸魂界にバレずに私の修業する為に造って貰った空間。」
一護がしれっと応えると、コンは言葉を失くして腕で一護を指したまま固まった。
「っていうか、何を今更な事言ってんだ? 前に此処に降りた時には何も言わなかったくせに。」
「………あの時はそれどころじゃなかったじゃねぇかっ!」
「そうか?」
不思議そうに首を傾げる一護に、コンは続けられる言葉を失くす。
「ところで、お家には何と言って出て来たんスか?」
「ん? 友達のとこ泊まるって。」
「処女の外泊の言い訳みたいッスね。」
「……エロおやじ。」
一護がボソッと言うと、浦原は笑顔のまま固まる。
「それで宜しいので?」
テッサイが気遣うように言うと、一護は肩を竦めて苦笑した。
「髭達磨は事情の見当は付いてんだろ。」
言いながら言葉を失くしたぬいぐるみを拾い上げた一護が翳したぬいぐるみを、浦原が杖の先で突き、飛び出した改造魂魄を一護は咄嗟に掴んで口に放り込む。一護の体から飛び出した魂魄は、間違いなく死神の死覇装を纏っている。腰に携えている斬魄刀の柄は白鼠色の地に銀鼠色で模様が描かれ蘇芳色の糸が巻かれ緒に瑠璃紺の飾り紐が付いている。
「コン、テッサイさんの陰に隠れてな。でなきゃ怪我するよ。」
「う、わ、わかった。」
一護の体に入ったコンが素直にテッサイの後ろに入ると、一護は浦原に丁寧に頭を下げる。
「お願いします。」
「こちらこそ。」
一護の礼に慌てて浦原が応えるようにぺこりと頭を下げる。
一護は顔色も変えずに斬魄刀を抜いた。
「黒崎サンもマイペースッスね。」
ぽつりと呟く浦原に構う事なく、一護は呼吸を整えると霊圧を上昇させる。
一護の霊圧上昇に伴って、風のない空間に強風が吹き荒れ始める。
(斬月。天鎖。始解状態で浦原さんの本気を引き出せるくらいになりたいんだ。力を貸して。)
『私達が教えてやるべき事はないぞ。』
(実戦形式になるんだよ。今迄みたいに寸止めなんてしてくれない。)
してくれない、というよりは、出来ない、ように力を揮う心算で、一護は霊圧を上げながらコントロールしていく。
霊圧を凝縮させて身に纏い、その儘駆け出す。
「はっ!」
気合を込めて振り被り、振り下ろす。
一撃目は軽く浦原に流され、反動で飛びそうになった体を片足で支えて方向転換し、再び斬り掛かる。刀を弾かれ切り返されるのを、軽く身を躱して避ける。上から切り下されたのを受け留めて、跳ね上げた勢いで跳び上がり距離を取る。
一護が仕掛ける白打は悉く浦原の鬼道に封じられる一方で、浦原の白打や鬼道も一護の霊圧の鎧に防がれる。
浦原はあくまでも一護の上達に合わせているのだが、一護の成長スピードは浦原の予想を上回っている。
斬り合い、打ち合い、躱し合う内に、二人の移動スピードが上がっていく。
全身に霊圧を纏う事で、一護は瞬歩を自然に使っている。
「剃刀紅姫。」
浦原が呟くように唱えると、一護ははっとして慌てて斬魄刀を揮う。
「月牙放散。」
剣先で円を描き、円の縁から内側に霊圧の刃が走り跳ね返る。それが盾の役割を果たし、浦原の霊圧の刃を跳ね返す。
「!」
剣先の角度を変えて描いた円から再び霊圧の刃が飛び出すが、今度は浦原を目掛けて放たれる。
「おっとっ!」
血霞の盾が現れて霊圧の刃は悉く防がれるが、一護はその隙に浦原の背後に移動している。一護が振るった刀は、浦原にあっさり防がれた。
コンが呆気に撮られるくらいの勢いとスピードで、一護は浦原と攻防を続ける。
「今まで姐さんと虚退治に出て、怪我とか手古摺ったりとかしてたのって、なんだったんだよ……?」
コンの疑問に返る答えはない、
それから三日。昼夜を問わず、一護は浦原と実戦形式で鍛錬を続けた。
その間、コンには一護の体でジョギングが義務付けられていた。
地下勉強部屋へ降りる前に、前以てテッサイに頼んでおいたのだ。何かとサボりたがるコンに言い付けても素直に従わない事は判っていたので、テッサイの美味しい食事を与えて貰い、言い付けに従えば美味しい食事にありつく事が出来るが、言い付けを無視するなら、食事抜き、という飴と鞭でコンを釣ったのだ。
数日置きに地下勉強部屋から上がってきて、風呂を使い体を休める一護のペースは変わらなかった。
そうして、浦原相手の修業で十日間を使い、穿界門の準備が出来るまでという期間限定で自宅に戻った。
自宅で待っていたのは、十日間の留守にお姉ちゃんに甘えたい欲求を溜めた遊子と、放任に見せ掛けて親馬鹿な髭達磨と、本当は淋しかったのに隠している夏梨だった。
「夏祭りに行くぞーっ!」
「お姉ちゃん、お揃いの浴衣買ったんだよっ!」
「浴衣って……。」
「お姉ちゃん、着せてね?」
期待に満ちた遊子の表情を見て、一護は小さく溜息を吐いた。
浦原の所へ出入りするようになって、一護が最初に出来るようになった事は和服を着る事だった。
身のこなしなども覚え、テッサイが縫ってくれた浴衣を着ている姿を目撃して以来、遊子は一護と揃いの浴衣を着て夏祭りに出掛けるのが夢だとまで言い出す始末だったのだ。
「判ったよ。それで? 夏梨は自分で着られるのか?」
「え……。」
固まって返事に詰まる夏梨に答えが見えて、一護は苦笑する。
「私と遊子がお揃いで浴衣着るなら、夏梨も着ないと駄目だぞ。」
「……はぁい。」
肩を落として項垂れる夏梨に一護はくすりと笑う。
そっと頭の上に置いた一護の手に、夏梨は恥ずかしそうに手を載せた後そっぽを向いた。
黒崎家の三姉妹が揃って浴衣で歩く姿に、同行した一心はほくほく顔である。
「一護?」
「いちごちゃん?」
「一護ぉ。」
「ヘェ、似合うね、浴衣。」
「おう。妹達のお強請りじゃ断れないからな。」
顔を合わせてすぐに竜貴の怪我に気付いた一護が微かに顔を顰める。
「竜貴。怪我か? 大会で、じゃねぇだろな。」
「ああ、うん。準決勝前に事故っちゃってさ。決勝出るには出たけど相手がゴリラみたいな女で負けちゃったんだ。」
「早く治せよ。」
「うん。ありがと。」
一心と啓吾で盛り上がり移動する傍ら、一護は妹達に引き摺られていった。
ルキアと出会ってから切っていない一護の髪が柔かく風に靡く。
織姫は、自分よりも更に薄い色の一護の髪を初めて見た時、お日様みたいだと思った。性格は明るいというわけではないが、真っ直ぐ前を見ている一護の視線は眩しいもので、やっぱりお日様みたいだと思った。その太陽を輝かせる存在がルキアだと思っていたのに、ルキアが処刑される為に尸魂界に、あの世に連れ戻されたから、一護は助ける為に尸魂界に乗り込むという。自分に芽生えた能力が少しでも役に立つなら、一護を護りたいと織姫は思った。
竜貴は何が起きているのか何も知らない儘、けれど織姫が一護の為に何かしようとしている事だけは気付いていた。だから、無理だけはせずにしたいようにしてくれば良いと促した。
織姫が竜貴と約束を交わし、一護は一心と言葉にしない約束を交わした。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙