MEMORY 尸魂界篇
浦原商店で特訓の合間に時間を見つけては少しずつ進めていた宿題の残りを、尸魂界に出発するまでの時間に片付けに掛かる。
“記憶”の通りに事が運んだなら、一護達が尸魂界から帰って来れるのは始業式の朝一番になるからだ。
集中力が切れるとピアノ室でピアノを鳴らし、また宿題に戻るを繰り返して、穿界門の準備が出来るまでの日々を過越した。
約束の真夜中、窓を開けて待つに当たり、思い出して慌てて窓の正面の壁と床にビニールシートを拡げた。
用意が終わったのと謎の物体が飛んでくるのは同時だった。
一護少年は「殺人現場のダイイング・メッセージ」という感想を抱いたのだったか。
一護は片付けをしながら「恐怖漫画の字幕のようだ」と思ったが、大差はないな、と自分で自分に突っ込みを入れた。
表向きの理由が旅行なので、一応二週間分の着替えを鞄に詰めて、ついでにコンのぬいぐるみも突っ込んで家を出た。
心の中で家族に「行ってきます」の挨拶をしていると、記憶通りに屋根から父親が落ちてくる気配にすっと避ける。
「ぐえっ!」
気配に間違いはなく、一心は地面と仲良くしていた。
確かこの父親の義骸も浦原作で、頑丈な義骸なのはこれも一緒か、と妙な感心をする。
「……行くのか。」
「……うん。留守宜しく。」
「おう、夏梨と遊子の事は任しとけ。」
それと、といって、一心はポケットからお守りを取り出す。
「こいつを肌身離さず持っとけよ。」
母から貰った物だと言い訳をしているが、お守りに込められているのは真咲ではなく一心の霊力だ。
一護は唇だけでふ、と笑うと「さんきゅ」と言ってポケットにしまった。
「行ってきます。」
一護は荷物を持って軽いジョギングをしながら浦原商店まで走った。
店に着くと既に茶渡の姿がある。
「時間通りッスね、黒崎サン。」
「こんばんは、浦原さん。家族の手前荷物持ち出さないとならないから、ちょっと早めにね。」
「あ~。」
「私の体預ける為にコンを置いて行くから、中身も必要でしょ。」
「ああ、はい。」
「私、旅行行ってる事になってるから、仕入れとかで人手要る時は扱き使ってやって。」
「了解ッス。」
浦原と連絡事項を交わすと茶渡に歩み寄る。
「チャド。」
「一護。」
「……行ってくれんの?」
「ああ。」
軽く息を吐くと、こういう面も記憶通りなのかと思う。
気配に振り向くと雨竜と、織姫も姿を現した。
「こんばんはー、みんなー。」
一護と茶渡が手を挙げて応え、雨竜は眼鏡を押し上げながら声を掛ける。
「皆、揃ったようじゃの。」
「夜一さん。こんばんは。姫とチャドの修業の面倒見てくれたんだろ?」
「おお。かなりのものじゃぞ。」
「……どうせ、鬼道と同じ類の力なんだろ。私は鬼道が下手糞ですからねぇ。」
「まぁまぁ。外で立ち話もなんですから、中へどうぞ。」
浦原がパンパンと手を叩いて皆を促す。
店先に荷物を置いて、一護はコンだけを抱えて地下に降りる入口に立った。縁にぬいぐるみを置くと、手袋を嵌めてラッペリングで降りていく一護に、茶渡も織姫も雨竜でさえ感心する。
「浦原さーん、コンを落としてくれる~?」
「ハイハイ。」
先頭切って降りた一護が下から声を掛けると、浦原はコンの襟首を掴んで地下への入口の真ん中で手を放した。
「……っ……っっっ……!」
声にならない悲鳴を上げて落ちたコンを、下で一護が難なく受け留める。
「落ちたって死にゃしないってのに大袈裟なんだよ。」
涙目になっているコンに、一護は溜息を吐く。
一護に続いて浦原が飛び降りて地面に着地し、テッサイが続き、茶渡と雨竜と遅れて織姫が降りてきた。
広い空間に感動する織姫に、一護のリアクションが希薄で秘かにがっかりしていたテッサイはえらく感動した。
三年ほど前の一護は感情が表面に出なかった頃で、感情は動いていてもリアクションは淡白だった。自分の過去を振り返りテッサイに悪い事したかな、と反省する一護に気付いた浦原が、ふっと優しく瞳だけで笑う。浦原と視線が合って、一護は思わずドキリとする。
浦原から穿界門を死なずに通り抜ける為の注意事項なるものを聞かされた一護は、それだけで終わりにしようとする浦原の袖を引いた。
「アラ、黒崎サン、色っぽいッスね。」
一護の仕草は甘え袖という、男に甘える仕草だ。語尾に音符が躍っている浦原の口調に、顔を顰めた一護は溜息を吐いた。
「人数分までいかないまでも、用意出来なかったって事なのか?」
「あ……。」
「あ?」
「……すーいません。間に合わなかったッス。」
浦原がへらりとした表情で応えると、一護はチッと舌打ちした。
「んま、黒崎サンらしくないッスね。」
「……石田。」
浦原を無視して雨竜に声を掛ける。
「なんだい?」
「あんた、そのマント、ひらひらさせたまま突入はなしだ。」
「これは滅却師の正装……」
「喧しい。拘流に呑まれたいか。うっかり捕まったら死ぬし、逃れられても時間取られて拘突でも来た日にはどうにもならないぞ。みんなを巻き込む気か?」
「そんなものに巻き込まれたりなんか……。」
「する気で巻き込まれる莫迦はいないんだよ。メンバーの誰かが危なくなれば、考えるより先に行動に出る姫がいるんだ。あんたは姫に危険な真似をさせる心算なのか?」
“記憶”の中では拘突に追いつかれそうになって織姫が三点結盾で守ろうとしてくれたお陰で時間軸がズレて余裕があったが、記憶通り丁度良くズレるとは限らないのだ。
「………このメンバーの中で一番足が遅いのあんただからね。」
一護が溜息を吐いて石田に背を向けると、茶渡が気遣わし気に一護を見る。そんな茶渡に、一護は眉を顰めてから、立てた親指で背中越しに石田を示した。茶渡が頷くと、一護は小さく安堵の息を吐く。
二人の遣り取りを帽子の鍔の陰から覗いていた浦原が、小さくくすりと笑いを漏らした。
一護の言葉で不安を覚えたのだろう織姫の訴えに、夜一は前に進むのみ、という。
「覚悟、ねぇ。」
一護は溜息を吐いて、夜一を見下ろす。
「未練も思いもありまくりに決まってんじゃん。」
「何っ⁉」
「黒崎っ!」
一護は溜息を吐いて夜一に真っ直ぐな視線を向ける。
「脇目も降らずに真っ直ぐに前に進む事を考えなきゃならないだろうさ。けどそう出来るのは、未練も思いも現世にあるからだ。帰りたいって思いが強いから頑張れるんだろう?」
「………そうじゃな。」
未練を捨てろ、と言っていた夜一に、冷徹ではならないのだと伝えるように、一護は真っ直ぐ夜一の瞳を見つめる。
浦原が一護の視界の外で柔らかく笑った事に、一護は気付かなかった。
「開いたら飛び込んでください!」
開いた穿界門に消えた五人の無事を浦原は祈った。
「頼みましたよ、黒崎サン。」
穿界門に拒絶され掌に火傷を負った浦原は傷を握り締めながら呟いた。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙