MEMORY 尸魂界篇
翌日には侵入者は旅禍としての扱いを取り消すという沙汰が浸透し、現世組は晴れて自由の身となった。
戦時特令が解かれ斬魄刀の携刀が許されなくなり、客分扱いを受ける事になったとはいえ一護も例外は認められず、斬魄刀を持ち歩く事は叶わない。尤も、斬魄刀を取り上げられても一護には晶露明夜があるので問題はない。
空座町で現世駐在任務に就いた平隊員達は、一護が『守護者』と知って、時間を見つけては礼を言いに訪れている。
「清音さんに散々礼を言われたよ。」
「虎徹三席が、ですか。それでも私自身からもお礼を申し上げたい。直に助けて頂いたのですから。」
改めて深々と頭を下げられて一護の方が恐縮する。困惑している一護に深々と頭を下げた死神は、一護を不思議そうに見つめる。
「助けて下さった時は、未だ死神の力をお持ちでなかったと伺いました。一体どんな力で助けて下さったのですか?」
「斬魄刀は持ってなかったけど、霊力はそれなりだったんだ。鬼道を使ってたぞ。」
「鬼道が使えたんですか? 今回の旅禍騒ぎの時に一番強い方は鬼道を使えないと聞いていたのですけど。」
一護は頭を掻いて苦笑いをする。
「死神の封印が解けたら鬼道は苦手になった。」
「黒崎?」
訝しむ雨竜に視線だけで言葉を止めさせて、一護は手を振ってその死神を見送る。姿が見えなくなってから、一護は周囲を探る。
「石田。すぐ傍に気配を潜ませた奴いないか?」
「え……いるね。」
「隠密機動だろ、出て来てくれ。………急いで。」
躊躇う気配に一護は声を潜めて叱咤する。
次の瞬間、連れ立っていたみんなの後ろに忍者のような全身黒装束に身を固めた者が現れる。
「今の死神、何者か突き止めてくれ。直に助けられたと言いながら、私が助けた力を知らなかった。」
「……承知。」
隠密機動が姿を消すと、石田が訝しそうに口を開いた。
「黒崎? 何故、鬼道が苦手なんて嘘を……?」
「言ったろ。直に助けられたと言いながら、私が使った力を知らなかった。私が助けた死神じゃないのにそう言って近付いて来たんだよ。考えられるのは藍染の手下の残党だ。」
「あ……いちごちゃん、頭良いなぁ。」
「………浦原さんとの付き合いの中で身に着いた能力だ。」
何処か不本意そうに口にする一護に、織姫は首を傾げ、雨竜は苦笑いをし、茶渡は困ったような気配を漂わせた。
死神嫌いを公言している雨竜でも、命懸けで助けに来たルキアのその後は気になるだろうと、一護は理屈を付けて雨竜も引っ張り出した。その為現世組はこの場に全員揃っているのだ。
ルキアは、殆どの霊力を失い、その上で霊力を消す浦原の義骸に入っていた挙句に、尸魂界に連行されて間もなく懺罪宮に繋がれていた為、すっかり霊力が弱まっていて、重傷だった白哉と共に四番隊の救護詰所に入院する羽目になっている。
四番隊に出向いてルキア及び白哉と恋次への見舞いを申し入れると、すんなり面会の許可が下りた。
「白哉さんていうのが朽木さんのお兄さん?」
「義理のね。ルキアは朽木家の養女だそうだから。」
「……血が繋がってないから、上からの命令だからって処刑に従う事が出来たのかい?」
雨竜の声には棘がある。
「違うと、思うぞ。」
「そうなのか?」
虚と化した兄・旻に殺されそうになった織姫にとって、義理とはいえ兄に殺されそうになっていたルキアは他人事ではない。それと知らない雨竜の声には棘があるが、一護はあっさりと否定した。
「白哉は、立場上掟を守らなければならないと思い込んでいて、けど、気持ちはルキアを護りたかったんだ。だからあっさり私に負けたんだろうな。」
「実力じゃなかったって事かい?」
「当たり前じゃん。四大貴族の一の朽木家の歴代最強と謳われる当主だぞ。五十年以上前から隊長をやってるって事は、卍解を習得してから五十年以上精進してきたって事だ。いくら私が真血でも、本来なら敵う筈ないんだよ。」
肩を竦めて言った一護は、白哉の部屋の前まで辿り着いていた事に気付いて、コンコンコン、とお伺いを立てるノックをする。
「どうぞ。」
中からの応えは卯の花だった。
「失礼します。」
ドアを開けて入室すると、窓際のベッドの上に、包帯を巻いた白哉が体を起こしていた。傍らの椅子にルキアも座っている。
一護の真っ直ぐな視線を向けられて、白哉は静かに受け止める。
「一語。」
「大丈夫なのか、ルキア? 霊力殆ど失くしてた状態で隊長格に囲まれたんだ。消耗が激しいだろう?」
「恋次も兄様も護ってくれた。霊力が回復したわけではないが、私は大丈夫だ。」
ルキアの瞳に出会った時の強さはまだ見えない。双殛の丘で斯波姉弟に会った事で、ルキアの心に海燕を手に掛けた悔恨が重く圧し掛かっているのだろう。
「ルキア。」
「何だ、一護。」
「間違えるなよ。」
「何がだ?」
「……斯波海燕は、死神の誇りを選んで死を求めた。虚化して生き延びる術は選ばなかったんだ。」
「虚化……知っているのか、一護?」
「藍染が言ってたろ。虚の死神化とか、死神の虚化とか。」
「ああ。」
一護は此処でルキアに前以て幾許かの知識を与えて置こうと思った。順を追って説明していかなければ、今回の事態に対して正しく認識するのは大変だ。
「百年以上前、藍染がやった死神の虚化実験の罪を被せられて、浦原さんとテッサイさんは尸魂界を追われたんだよ。」
「………どういう事だ?」
現世組も共に話を聞きながら口出しはしない。話の中心は直接被害を被ったルキアだと考えるからだ。無論、疑問も疑惑もあるが、今は口出しするべきところではないと思った。
「詳細は知らない。ただ、百年以上前、流魂街で魂魄消失事件が相次いだ。調査に向かった隊長格八人が、虚に憑りつかれ虚化した。待機を命じられながら部下が心配で様子を見に行った浦原さんとテッサイさんは真犯人の目撃者になった。浦原さんは、自分が作った崩玉を使って虚化を解く事を優先した為に出遅れて、証拠をでっちあげられて冤罪を被せられ、虚化を解く事に失敗した隊長格達と共に処刑されそうになって、夜一さんの手引きで現世に逃げた。その時、浦原さんは崩玉を流魂街で見つけた捨て子の魂魄の中に隠した。」
「それが私、か。」
「戌吊だったんだろ? 浦原さんは、生まれて間もない赤子がそんな場所に捨てられて生き延びられる筈もないと思ったんだろう。若しくはすぐに浄化されて転生すると思った。そうすれば、崩玉は赤子の魂魄と共に行方不明になる、と。」
「ところが生憎と私は生き延びて死神になり、まんまと藍染に近付いてしまったわけか。」
「だから、現世でルキアを見つけて、急いでルキアの魂魄を何の力もない普通の魂魄にしてしまおうと焦った。けど、浦原さんが打った手よりも藍染の画策の方が先になった。」
「策士策に溺れる、だな。」
溜息混じりのルキアの言葉に、一護は思わず噴き出す。
「当たってるわ。」
「その事件で虚化した隊長格達は、生き延びているのか?」
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙