MEMORY 尸魂界篇
「虚化は、ワクチンを打たなければ魂魄自殺、魂魄の境界が崩壊して自滅するんだってさ。浦原さんはそれを防ぐ為のワクチンを作ったらしい。どこでかは判んないけど、虚化させられた隊長格達は生きてはいるだろうね。」
「そうか。」
ほっと溜息を吐くルキアに、一護は苦笑する。
「いちごちゃん?」
「藍染に全滅させられた四十六室は、その時にまんまと冤罪を作り、被害者の隊長格達を只の虚として処分しようとしたそうだ。」
「そんなっ……!」
「………。」
息を呑むルキア、悲鳴を上げる織姫、雨竜は眉を顰めた。
「瀞霊廷に、虚に侵された死神がいて貰っては困ると言ったところか? 多くの貴族達が本当の誇りなんぞ失って久しいようだからな。」
鼻先で嗤う一護に、白哉が眉を顰める。白哉の不機嫌に気付いた一護は苦笑して言葉を継ぐ。
「多くの、と言ったろう。護廷に所属して隊長格を務める者が、瀞霊廷の貴族としての誇りを失っているとは思わないが?」
苦笑する一護に、見抜かれた事を悟って白哉が気不味い表情をする。
「いちごちゃん、尸魂界に貴族っているの?」
織姫の純粋な疑問に、一護はふと笑う。
「尸魂界を支配しているのは貴族達だ。」
「ええっ⁉」
織姫の眼が期待に輝くのを見て、一護は溜息を吐く。
「まぁ、源氏物語の世界を想像すれば強ち外れでもない筈だけど、貴族社会なんてものは、権謀術数渦巻く社会だよ、姫?」
「それはつまり、権力掌握に精を出して、本来の役目を疎かにしがち、という事かい?」
雨竜の言葉に反発を覚えた白哉が口を出そうとするのを制して、一護が口を開く。
「そうだろ? 護廷に反乱起こされたら困るもんだから、危険要素を省く為に、総隊長が剣八に剣道を教えようとしたのを禁止したって聞いたぞ。」
「………剣八というのは、十一番隊の隊長か?」
「そう。」
口数の少ない茶渡も流石に口を挟んできた。
「かなり強いと聞いたぞ。」
「だから、これ以上強くなられて、その上で護廷に反乱でも起こされたら敵わないって事らしい。」
「護廷って言うくらいなんだから、瀞霊廷を護るべき隊なんだろう? その隊長が強くなる事を邪魔するのか? 尸魂界の司法機関が?」
雨竜が呆れ果てたという表情と声で溜息を吐く。
「お陰で私は生き延びる事が出来たと思うけどね。」
一護がケロリと言うと、ルキアは噴き出した。
「四十六室の御身大切の方針のお陰というわけか。」
「そうそう。次に選出された四十六室が同じ事を繰り返さなければ良いんじゃね?」
一護は肩を竦めて話を纏めてしまう。
「海燕殿は………。」
「……虚と化して、親しい者を殺して回るくらいなら、意識のある内に討たれる事を望んだんだろ。部下にそれをさせる辺りはどうかと思うけど?」
「そう、だな………。」
ルキアが抱える痛みは、他の誰にも理解るものではない。
「手を掛けたという事実だけに囚われるなよ、ルキア。原因の虚を作ったのは藍染で、奴がそんな虚を作らなければ起こらなかった事態だし、海燕がルキアにとどめを刺させる事を望まなければ、ルキアが手を下す必要もなかった。」
「だが……っ!」
「ルキアだけが悪いだの責任があるだのという考えはやめろって言ってんだ。」
「しかしっ……。」
冷静に言い募る一護の言葉を受け入れられないルキアに、一護の表情が厳しくなる。
「じゃあ、ルキアは、自分を責めるその刃を返して、私を責めるんだな?」
「一護?」
ルキアにしてみれば思い掛けない言葉に目を瞠る。一護は表情を失くして言葉を紡ぐ。
「そうだろう? 藍染が作った虚が存在しなければ起こらなかった悲劇だっていうのに、それでも尚自分を責めるって事は、虚の罠に掛かった私を助ける為に母が死んだのは、罠に掛かった私の所為だって言ってるのと同じだ。」
一護の言葉にルキはハッとする。
幼くて虚の存在も知らなかった一護に責はないと言ったのはルキア自身だ。だが、海燕を手に掛けたルキアが自分自身を責める事は、虚の罠に掛かった一護を責めるに等しい事だと一護は言う。
「私も石田も姫もチャドも、命懸けであんたを助けに来たんだ。その助けた命を、価値の無い物のように言うって事は、私達の命も軽んじる事だと覚えとけ。」
俯いてしまったルキアを見つめる一護の顔に表情はない。一護が表情を失くすのは、感情を抑える時の癖だと竜貴から聞いていた織姫は、なんとかルキアと一護の感情の行き違いを解したいと思ったが、上手く言葉が出て来ない。
「時に白哉。」
「なんだ? 黒崎一護。」
「掟に従うのが四大貴族の一である朽木家の当主の務めだ、と言ったあんたの刃を鈍らせたものは何だ?」
「……容赦がないな。」
「あんたはそれを明かすべきだと思うぞ。」
迷いなく真っ直ぐ向けられる子供の視線に、白哉は観念したように口を開いた。
そうして白哉の口から語られた、ルキアが朽木家に養女として引き取られた経緯。流魂街出身の白哉の亡き妻・緋真が、ルキアの実の姉であり、戌吊にルキアを捨てた張本人だと知れる。誓いと約束との間で心を乱した結果、白哉の刃の切っ先が鈍ったのだと語られた。
「兄の見抜いた通りだ、黒崎一護。」
語り終えた白哉が一護を見ながら言う。
「え?………あ、聞こえてたりした、のか?」
頷く白哉に一護は気不味そうな顔になる。
話が切れたタイミングで、卯の花が口を出し、白哉とルキアに休息が義務付けられた。
随分長く話をしてしまったと気付いた一護は、気不味げに二人の病人を見遣り、卯の花に頭を下げて退室する。皆もそれに続いた。
続けて入った恋次の部屋では長話はしなかった。
恋次の傷の応急処置をしたのが織姫だと覚えていられるくらいには意識はしっかりしていた恋次が、改めて織姫に礼を述べ、『守護者』の噂を聞いた恋次が一護を揶揄い、不貞腐れてしまった一護が返事をしなくなり、雨竜と茶渡の苦笑を買った。
顔を合わせる事のなかった十番隊隊長は、天才と誉も高いと聞いた織姫が興味を持ち、休憩室で噂をしている所へ、乱菊が来合せて、是非、紹介したいと言い出した乱菊に引き摺られて冬獅郎の部屋へ雪崩れ込む羽目になった。
鏡花水月にしてやられたものの、抵抗らしい抵抗が出来なかった事と卯の花が早々に駆け付けたお陰で冬獅郎は危機を脱していて、噂の的の一護の登場を受け入れた。
「十番隊隊長・日番谷冬獅郎だ。」
「冬の獅子かぁ。格好良い名前だねぇ。私は黒崎一護。一つを護るで一護だ。」
「あ、あたし、織姫。井上織姫って言うの、よろしくね、冬獅郎君。」
「茶渡泰虎だ。宜しく。」
「石田雨竜だ。」
乱菊から色々噂を聞いているらしい冬獅郎は、一護に興味を示した。
「黒崎一護。空座町の『守護者』だそうだな。」
「って呼ばれてるって、昨日聞いたばかりなんだけど。」
困惑している一護に、冬獅郎は苦笑する。
「どうして態々死神を助けていたんだ?」
「死神だから助けたわけでもないんだ。私としては実戦で技を磨きたかったってのと、少しでも虚を葬りたかったってとこかな。」
「虚を葬る?」
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙