MEMORY 尸魂界篇
一護が温泉で傷を治している間、考え続けてもはっきりした答えには辿り着けなかったらしい織姫を抱えて世話になっている十三番隊まで戻った時、明日には、霊子変換機能付きの穿界門を開いて貰えるという報せがあった。
「朽木さんに報せなきゃ!」
張り切って駆け出していく織姫を見送って、一護は溜息を吐いた。
一護の隣で呆気に取られて織姫の後姿を見送った報せを齎してくれた張本人である浮竹に向き直り、一護は小さく頭を下げた。
「浮竹さん。ルキアが今何処にいるか判りますか?」
「うん?」
小首を傾げる浮竹に一護は苦笑する。
「これだけ霊子濃度が高いと、ルキアほど微弱になった霊圧は私には探知出来ないから。」
「ああ、なるほど。」
君は霊圧探査は苦手なんだね、と呟きながら、浮竹が霊査をする。
流石に古株でもある山本の直弟子の隊長。スムースな霊査をしている浮竹に感心しながら、一護は浮竹の霊査を観察する。穏やかな霊圧が緩やかに拡散していく。例えるなら衣がふわりと拡がるような霊圧の広がりに、優しい霊圧だと感想を抱く。
浦原の霊査も無駄がないと思うのだが、霊査している様子を見せてくれた事はないので、一護は浦原の手法は見た事がない。
やがて浮竹の霊圧は空間に溶けるように消えて閉じていた浮竹の眼が開く。
「どうやら瀞霊廷の中にはいないようだね。」
「四番隊も含めて、ですか?」
「うん、そうだね。あそこには白哉がいるから最初に探査したんだけどいなかったよ。」
「ありがとうございます。」
「しかし、瀞霊廷内にいないとなると、行き先は流魂街という事になるわけだけど、一体何処に……。」
「……仕事でもなく、白哉の所にいないとなれば、行先は一つでしょうから。」
「え……?」
浮竹は驚いて一護の顔を見る。
一護は静かな表情で白道門の方向を見遣っていた。
首を傾げる浮竹に一護は苦笑する。
「さて、姫を拾って……これから行くとなると……帰り、遅くならないと良いなぁ……。」
呟いて一護は瞬歩で織姫の後を追ったらしく、次の瞬間には幾分離れた所に一護の霊圧を感じた。
「一護ちゃんの瞬歩は随分速いなぁ。」
「一護の瞬歩の鍛錬には儂が付き合うたでの。」
感心頻りに呟いた浮竹に応えた者がいた。
「夜一。」
褐色の肌の美女がボディコンシャスな服装を身に着けて立っていた。
「一護ちゃんの卍解、速さなんだって?」
「霊圧を全て速度に注ぎ込んだような卍解じゃの。瞬間の速さでは“瞬神・夜一”ですら後れを取るわ。」
「それは凄いな。」
古株の死神隊長と元・隊長が雑談をしている頃、一護は織姫を拾って白道門方面から瀞霊廷を抜け出し、西流魂街一地区・潤林庵の外れを目指していた。三度目の瞬歩で織姫も馴れ……る筈もなく、一護に抱え込まれたまま目を回していた。
一護が織姫を抱えて目指したのは空鶴の屋敷だ。
屋敷の近くまで来て瞬歩をやめた一護と、瞬歩の速さに目を回していた織姫の視界に、空鶴に殴られるルキアの姿が映った。空鶴の拳骨はルキアの頭を殴っていたので、おそらくルキアは空鶴の言葉を一度で素直に聞き入れなかったのだろうと見当を付けた一護は、溜息を吐いて歩み寄った。
「ルキア、空鶴さん。」
「一護。」
「応、一護。ルキアの迎えか?」
「迎え、というか、報告?」
不思議そうに小首を傾げるルキアに、一護は苦笑して口を開く。
「さっき隊舎に戻ったら浮竹さんに言われたんだ。明日、霊子変換器付きの穿界門を開いて貰える事になったって。」
「! そうか。」
「朽木さんも一緒に帰って支度しなきゃっ!」
割り込んだ織姫に、ルキアはハッとして言葉を呑むが、一護は苦笑している。
一護の表情に気付いてルキアが訝しそうな顔をする。
「一護……?」
ルキアの訝しそうな声に、ルキアの視線に気付いた一護の苦笑が深くなる。
「ルキアを無理に現世に連れて帰る必要はないからなぁ。」
「いちごちゃん?」
織姫はルキアを現世に連れ戻す為に尸魂界に来た心算だったので、一護の言葉に戸惑う。
「姫……。私はルキアの助けに来たんだよ。現世に連れ帰る必要、今はもうないだろ?」
「? ………あ。」
織姫は今の状況を思い返してみて、処刑の理由が冤罪で命令を出していたのが偽物である事が判明している現状では、ルキアが尸魂界に残っても問題がない事を思い出す。
「え、じゃあ、朽木さん、もしかして尸魂界に残るの?」
織姫としては思い掛けない事で驚いていると、ルキアが小さく溜息を吐いて口を開く。
「本当は私は疾うに任務を終了して瀞霊廷に戻っていなければならなかったのだが、浦原の義骸に入っていた所為で霊力が戻らなくて帰るに帰れなかったのも本当でな。」
「……そうなんだ。」
淋しそうに俯く織姫に、ルキアが苦笑する。
「もう二度と会えなくなるわけではない。」
「そうだよねっ! またすぐに会えるよね!」
気を取り直したように明るく言う織姫にルキアは苦笑する。
藍染惣右介の反乱の片が付いていない以上、何らかの形で一護も織姫も巻き込まれるだろう。
それがなければすぐに会える事態は織姫が死んで尸魂界の、流魂街の住人になる事態が起こるという事だ。
どちらの事態に転んでも、決して有り難くない事態の結果なので、すぐ会える事は良い事ではないのだが、そうと気付いていない織姫の気持ちを削ぐ事もないだろうとルキアは口を噤む。
一護に視線を流すと、一護は気付かない織姫に苦笑している、つまりは一護はそれが意味するところに気付いているようだった。
「また、会える。」
一護が決定事項だという口調で言えば、織姫が嬉しそうに笑った。
「うん。また、会えるもんね。」
翌日、双殛の丘に開かれた穿界門の前に何人もの隊長格が集まって一護達を見送った。
死神代行戦闘許可証だと言って浮竹の手から一護に渡された髑髏マークの木の札に、一護が複雑な視線を落としていた事に気付いたのは雨竜だけだった。
旅禍扱いを取り消されたとはいえ正規の死神でない一護達に地獄蝶が使えるわけではない。従って、正規の通路が通れない一護達は帰りも拘流が迫る中を走り抜けなければならなかった。
走り抜けた先が空中なのも“記憶”と同じで、そんなところまで同じでなくても良いのに、と一護は落下しながら思った。四人と一匹が纏めて大きな布に受け留められた時には「どうせ同じならこの後も同じになれ!」と内心で叫んだ一護は“記憶”通りに空飛ぶ絨毯に落とされた。
「おっかえりなっさ~いっ♪ 黒崎サン、皆サン。」
織姫と夜一を庇った一護は、空飛ぶ絨毯にみっともなく引っ繰り返った姿を晒す羽目になった。
「………。」
底抜けに明るい声で浦原が軽快に放った挨拶に、一護は尸魂界で自覚してしまった事を思い出す。
じっと浦原を見つめてから、溜息を吐いて態勢を直して口を開いた。
「ただいま、浦原さん。」
「ただいま、戻りました。」
「ただいまです。」
「ただいま。」
「帰ったぞ。」
背中を向けていた浦原が、帽子を外して向き直り頭を下げる。
一護は夜一の首根っこを掴んで浦原の隣に座を移す。
作品名:MEMORY 尸魂界篇 作家名:亜梨沙