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桜恋う月 月恋うる花

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 しかも、神矢が幹部を抜いた事はあの日、壬生寺にいた平隊士に目撃されている。だが、神矢は幹部を抜いたからといって、侮りはしなかった。平隊士の中には、自分に稽古を着ける幹部より強いのだからと、神矢に稽古を着けてくれるように請う者もいたが、そういった者達には、炊事、掃除、洗濯を十分に熟せた者の相手だけはしてやると言ったらしい。諦めてしまう者も多かったが、諦めなかった者の相手はしてやったらしく、平隊士達の区画が少しずつ綺麗になっていってる。

「そういえば土方さん。」
「あ? なんだ?」

 茶を飲みながら、考えに耽っていた俺に、思い出したように声が掛かる。

「綱道氏の失踪に着いては、会津藩への申し出は済みました?」
「ああ、あれ、な。」

 決して苦いわけではない筈の茶が苦く感じられるようになってしまう。
 管理不行き届きを理由にしようとした会津藩との交渉は、神矢の入れ知恵と近藤さんの人柄で何とか難を逃れた。
 なるべくなら会津藩と事を構えたくないと思っていた俺達に、神矢は最後の切り札になるという手札をくれたのだ。
 知らされてみれば実に苦い手札だった。
 『変若水』は、既に幕府内で研究され、改善ならずで狂人を生み出すだけと結論付けられた代物だったという情報だ。
 そんな爆弾を押し付けられたという事態は、捨て駒扱いなら未だしも、潰す心算だったとも取れる事態なのだという一面をちらつかせ、既に『羅刹』と化した者達の管理だけが残務とされ『変若水』の研究は中止となった。
 山南さんはそれに納得はしていないようだが、少なくとも表向きは中止となった以上、山南さんもあまり『変若水』にばかりかまけているわけにはいかないだろう。

「神矢…」
「はい?」
「『変若水』の扱いについては……。」
「……私が知る歴史は、少しずつ変わっています。」
「何?」
「私達が元の時代へ戻る為には、私が知る歴史を僅かに塗り替える必要があると思われます。だから私は、新選組にとって有利な事態へ好転するように事を動かす心算で動いています。変えようのない、変えてはいけない事態もあります。一つ間違えば、この国の未来を闇に閉ざしてしまうかも知れない事態から救う為に、新選組の力が必要なのです。」

 この国の未来が闇に閉ざされる事態、だと?
 思いも掛けない大袈裟な物言いに、俺は思わず眉を顰めた。

「大袈裟に聞こえるでしょうけれど……原因と経過を知っても、幕府には事態を収拾する力はありません。下手に幕府が動けば加速させて止める術を失う事態を招き兼ねない。新選組だけでは荷が勝ち過ぎる事態でもあるのです。」
「俺達には無理だと?」
「貴方方『だけ』では無理です。命と引き換えなら可能かもしれませんけど。」

 命と引き換え、ね。
 神矢の言葉は大袈裟に聞こえるが、それが大袈裟な訳ではないのだと、神矢の瞳を見ていれば判る。

「話の規模がでかいようだが、今度の大阪出張に神矢が同行する事と、それと、関係あるのか?」
「……『変若水』の研究の中止命令が出たようですが、残っていた『変若水』は全て破棄されましたか?」

 神矢の言葉に、言葉を伝えただけで実物の確認はしていなかった事を思い出した。
 まさか山南さん……?
 不信を感じた俺の視線を捉えた神矢が、小さく溜息を吐いた。

「諦めきれないのでしょうね。それでも『変若水』は薬と呼ぶにはあまりにも毒が強い。改良が悪いとは言いません。既に『羅刹』となった者達を救う為に研究したいというなら留め立てもし難い。」

 神矢は深い溜息を吐いて視線を伏せた。

「つまり……山南さんの身に降り懸かる災難を避けたいと同時に、『変若水』の秘密についても話をしたい、という事か?」
「はい。」

 この女の齎す情報の全てを信用するほど迂闊じゃねぇ心算だが、頭から否定するには神矢の態度はあくまでも真摯だ。

「判った。同行を許す。しかし、お前を大阪に同行させている間、千鶴を屯所に通わせるわけにはいかねぇな。」
「千鶴さんは土方さんの小姓という立場ですから、お二人が大阪出張中は仕事がない事になります。近藤さんの別宅で待機でよろしいのではありませんか?」
「む。そう、だな。」

 屯所に来させない口実はないかと無意識に探していた俺に、ドンピシャな答えが返る。時々こいつは、心が読めるんじゃねぇかと思いたくなる時があるんだよな。
 小娘とまでは言わねぇが、年下の女に見透かされるのは面白くねぇ事には違いない。

「沖田さんが和麻さんに突っ掛かるのは困るんですよね。沖田さんが近藤さんだけにしか興味がないのと同じくらいに、和麻さんは綾乃と煉が無事なら他はどうでもいい人なんです。かてて加えて自分に敵意を向ける人には容赦がありません。」

 右の蟀谷に人差し指を添えて顔を顰める神矢の表情は、苦虫を噛み潰しているかのようだ。
 そういえば、八神の技は、木刀を使ってすら鎌鼬を起こせるんだったか。
 鎌鼬の前には、真剣すら防御の術はない。それが人の身に向けられれば間違いなく命を絶つ事など容易い筈だ。

「正月となると、近藤さんは局長というお立場で色々とあるのではありませんか?」
「ん、まあな。それなりに忙しいし、出掛ける事も多いな。」
「では、局長の護衛を一番組組長にお願いする、というわけには参りませんか?」
「あ? それは出来るが……」

 それをすると、千鶴の護衛と八神達の監視がいなくなる。

「千鶴さんの護衛と和麻さん達の監視は、斎藤さん、原田さん、藤堂さん、永倉さんで交代という事なら、支障はありませんでしょう?」

 三馬鹿に仕事をさせれば、羽目外しも内輪で済む、か。
 見透かされているようなのがどうにも気に食わないが、その辺も含めて大阪出張の間に訊き出してやる。
 神矢の同行に渋い顔を見せた山南さんは、『変若水』の秘密について聞きだす機会だと説き伏せて、神矢を同行させた。
 大阪で世話になっている商家への挨拶回りが主な仕事だが、こんな雑用に近藤さんを駆り出すわけにはいかない。かといって組長を使いに出したのでは格を下げ過ぎる事になる。挨拶回りのついでに更に資金を引き出す事が出来れば好都合だから、俺とこういう事の得意な山南さんが揃って出向く事になった。
 神矢は名目上だけの山南さんの小姓という事で同行したが、平隊士達は護衛とでも思っているかもしれない。
 費用を抑える為に歩いて行こうとしたのを、小舟を借り出すよう提案したのは神矢だ。

「新選組の台所事情は……」
「存じておりますよ。借り受けるのは船だけです。船頭は必要ありません。船の上なら、話を盗み聞きされる心配は皆無です。」



 明けて文久四年。
 正月も元旦だけ気分を味わい、新選組は早々に隊務を遂行した、
 俺と山南さんは神矢を伴い、近藤さんの顔で借り受けた小舟で川を下り、大阪に向かった。
 船頭は要らないと言った神矢本人が難なく舟を操り、他に行き交う船と一定の距離を保ったまま進んだ。

「会津藩との交渉は成功ですか?」
「成功、というか、あれの研究が既に幕府内で打ち切りになっていた事を知らなかったといわれたんだが……」
「引き下がったのですか?」
作品名:桜恋う月 月恋うる花 作家名:亜梨沙