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桜恋う月 月恋うる花

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「引き下がれば新選組が潰されたり、千鶴の境遇が悪くなるといわれていた所為か、近藤さんも粘ってくれた。」
「……自分の為には我が張れなくても、誰かの為なら頑張れる方なのですね。」

 神矢の声が柔らかい。表情にはあまり出ないが、声に感情が表れ易いらしいと、最近気付いた。

「あれに着いては、私が知る限りの情報を差し上げますわね。」
「貴女は未来から来たのだと仰いましたね。」

 話し始めた神矢を遮って山南さんが言葉を紡ぐ。

「……ええ。」
「そう言いながら、この先の事は何一つ情報を与えずに、それを信じろと仰る。」
「歴史というものは連動しながら流転・流動していくものです、先の事を知ったからとて、それを覆す為に行動を起こしても上手くいくとは限りません。」

 山南さんの鋭い視線が神矢に向くが、神矢は平然としたまま小舟を操る。
 先の事を知って準備を始めたからといって、上手くいくとは限らない。
 結果には原因があるものだ。
 今ここで『変若水』の秘密を教える事で、神矢はこの先の何かを変えよとしているのかも知れない。

「土方君。君は彼女の言葉に唯々諾々と従う心算ですか?」
「……山南さん。神矢は本当に、俺達にとっての未来の情報を何も寄越さないままか?」

 神矢が齎した情報は、『変若水』が西洋の魔物の血だというものと、幕府が既に研究し、狂人を出すだけの使い物にならない代物だと結論付けて研究を中断しているというものだ。
 どちらも俺達だけの情報網では入手不可能な情報だった筈だ。
 魔物の血なぞという話は兎も角、幕府が『変若水』の研究を中断した事は、会津藩が密かに確認を取った事実だった。
 神矢が新選組に協力するのは、自分達が還る為だという。利害が一致するからだと言った。

「神矢君の齎す情報が正しいと信じられるだけの根拠がないといっているのです。」

 警戒するなという方が無理だし、警戒心を失くされても困るんだが、これじゃあ話が進まねぇな。

「私は、山南さんをもっと先読みの出来る方だと評価していたのですけど、違いましたか?」

 神矢の声が低くなる。これは怒りを覚えてそれを抑えているんだろうな。

「どう言う意味です?」
「新選組の出先機関として、和麻さん達に店をやらせるといいと提案しました。それは長期計画になる可能性が高い事を意味しますね?」
「……そうですね。」
「新選組の監視下に置かれての長期計画を見越している身で、どうして態々嘘を教える必要があるんですか? 嘘だとばれたらそれこそ殺されても文句も言えない立場なんですよ? 態々そんな真似をするような馬鹿だと、見做されているわけですか?」

 神矢の声から感情が消えた。これは本気で怒りを覚えているんだろうな。チラリと視線をやると、神矢は総司に向けた笑みを浮かべている。
 思わず山南さんを突いて、神矢の表情を見るように促した。訝し気に神矢を振り向いた山南さんは、神矢の表情を見てはっとする。
 あの日、総司は神矢や千鶴に絡んでいる間中、頭の上でいきなり雪玉が溶けるという事態に見舞われ続け、ひっきりなしに冷たい水を被っていた。
 それ以後も、神矢が千鶴と共に用意した食事は、時間が過ぎても何故か汁物が温かいままだったのだが、総司の分だけはそうなっていなかった。気の毒がった近藤さんが自分の分と取り換えてやると、汁物はあっという間に冷めてしまい、総司の目の前に置かれる時には冷めている。
 どういう仕掛けなのか、あの総司が足を滑らせて廊下から雪の降り積もった庭へ転落して埋まる事も珍しくない。
 それは必ず、神矢が屯所にいる時に起こるのだ。
 最初の夜、監視の為に見張る心算で廊下にいた斎藤と二人、部屋に招き入れられた時。湿ってカビ臭い筈の布団が乾いていた。
 布団は乾いていたのに、部屋の中は一晩中、微かな湿りを帯びていて、明け方、神矢が目覚めると同時に少しずつ乾いて寒くなっていった。
 何かは知らねぇが、八神も神矢も自然現象の何かを操る力があるのは確かなんだろう。神矢の力は、水に関わる物を操れるような気がしている。
 綾乃と煉も何か力を持っているらしいが、それを操るのは禁止されているらしく、何か不思議な事態を起こしたという気配はない。
 つまり、神矢の最終警告の笑顔とやらは、無視するとその力を使って報復に出るという合図らしい。

「……失礼。つい警戒心が強くなっていましてね。」
「……ここで癇癪を起こして情報を与えないなんてしたら、後々響きますからね。私が感情で行動を左右されない人間である事に感謝してください。」

 にっこりと『最終警告の笑顔』並みの笑顔を作って、神矢は告げた。

「まったく、話がちっとも進まないじゃないですか。」

 文句を言いつつ、小舟を操る様には微塵も乱れはない。

「さて、と。まず、あれが西洋の魔物の血を元にした物だという話はしましたね。」
「ああ。しかし、魔物なんてものが本当にいるのか?」
「いますよ。いるからこそ、うちの一族はこの時代でも既にかなりの蓄財をなしている筈ですからね。」

 財産家の家系なら、ご先祖に向かって子孫だから養えと申し出ればいいだろうに。

「うちの一族みたいなのは、うちだけじゃなく他にもいるんですが、操れる力の種類は違います。私と和麻さんは、うちの一族では本来操れない筈の力を持っていましてね。一族の力を最強と信じている一族は、私達の力を侮蔑の目で見るんですよ。私達の時代の宗主は綾乃の父親で、そういった考えを持たない方ですから、私も和麻さんも表向きの扱いは、一族ではない者故に侮蔑を受ける謂れなし、という事になっていますが、一族の連中は内心で反発し捲りなんですよ。」

 つまりこの時代の一族とやらは、神矢と八神の存在そのものを厭う連中だという事か。いや、寧ろ、一族の恥として暗殺者が送り込まれてこないとも限らない、のか?

「お前達には新選組に身を寄せたい理由がある、というわけか。」
「正解です。元の時代に戻る為にも、新選組に身を置いている必要があるみたいなんですけれどね。」

 神矢が今まで川の中心を滑るように進めていた小舟を岸に寄せた。
 すると、後ろに着いていたらしい舟が追い越していく。監察方の平隊士だ。監察方は俺の直属とはいえ、山崎と島田以外には『変若水』の事は知られていない。その事を、神矢は知っているのだろうか。

「そろそろ昼時です。お二人の分もおにぎり作ってきましたので、ここらで食べませんか?」

 小舟は岸に着けられたといっても、辺りは石がごろごろ転がっている河原で、枯れた葦が高く穂を成している場所からも離れて見通しが良い。隠れる所がない。
 舟が流されないように手早く立てた櫂に縄を絡めた神矢は、船底に置いていた荷物を開いて握り飯を差し出した。倒れないように置いていた竹筒も、俺と山南さんにそれぞれ手渡してくる。竹筒の中身は茶だ。呆れた事に、屯所を出てから時間が経っているのに、竹筒の中身は俺好みの熱い茶だ。

「あれに改良の余地はあるにはあります。それでも精々日の光に耐性が付くかどうかくらいのものでしょう。」
「方法は?」
作品名:桜恋う月 月恋うる花 作家名:亜梨沙