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桜恋う月 月恋うる花

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 小舟だけ借りて船頭は要らないと言った神矢の意図は始めは判らなかったが、人目がない所での船の速さは尋常じゃなかった。
 人目のある所では、周りと然程変わらない速さで進む船が、人目がなくなると馬で疾走するほどの速さになる。
 一体どういう仕掛けなんだか。
 何はともあれお蔭で予定よりもかなり早く小舟は大阪の町に入った。
 新選組の常宿に小舟を着けた。
 船宿は江戸じゃあ出会い茶屋と似たようなものが多いが、大阪は武士より商人が幅を利かせている町なだけあって、大通りと堀に挟まれた商家や宿が割と多い。
 借り受けた小舟を流されないように係留し、小路に上がって宿の表に回る。
 大阪相撲との縁で逗留する事の多い宿だ。
 隊務で赴くとはいえ、道中は隊服を纏ってはいない。
 それでも何度か出向いて利用している所為か、宿の呼び込みをしている小男は俺達の顔を覚えている。

「これは…土方様、山南様、いらっしゃいませ。御案内致します。」

 暖簾を潜ると、小男の声を聞き付けたのだろう主人が顔を出した。

「いらっしゃいまし。今回のご逗留は如何ほどのご予定でございますか?」
「また世話になる。用事が済み次第戻るが、2,3日で済むと思う。悪いが今回は二部屋か、広い部屋かにして貰えるか?」
「は……」

 疑問を投げ掛けようとして、俺達の影にいる神矢の存在に気付いたらしく言葉が停まる。

「初めてお見掛けするお顔でんな」
「神矢と申します。山南総長の小姓としてお供しています。宜しく頼みます」

 他人の前で話す時の神矢の口調は、丁寧だが男にしか聞こえない。声も幾分低めになり、高めの男の声と聞こえない事もない。

「この旭屋の主人の伍平です。神矢様でんな。宜しゅうお頼みします」

 小首を傾げるように頭を下げる仕草をしているのに、神矢に女らしさは感じない。動きの切れが良く凛々しいからか。

「二間続きのお部屋がございます。そちらに御案内致します。お波、藤の間に御案内申し上げておくれ」
「へぇ、畏まりました」

 女中頭のお波とは既に顔馴染みになっている。
 愛想よく先導するお波についていくと、常もの部屋とは棟が違う部屋へ案内された。

「神矢様、初めてお見掛けしますね」
「お波さんだったか? 世話になる」
「へぇ。新選組の方は皆さん、お顔の整った方が多いですねぇ」
「顔の良し悪しで町の評判が良くなるものなら、間違いなく極上だろうにねぇ」

 神矢がしみじみとした口調で言う。

「おい」

 流石に声を低くして咎めの意味を込めたが、神矢はヘラりと笑っている。

「まあまあ、土方君。お波さんも神矢君も、私達の顔が良いと言ってくれているのですから」
「山南さん。顔と剣の腕は別物だろうが」
「醜男と言われるよりは良いのではありませんか?」

 飄々と返してくる山南さんは、神矢に対して警戒心を失ったわけではないらしいのに、息が合っている。思わず溜息を吐くと、お波がくすくすと忍び笑いを漏らす。俺の機嫌を憚っているのか、我慢しているようだが、殺し切れていない笑いが漏れている。
 途中で休憩を入れてはいても、ほぼ一日中小舟に座ったままでいたので疲れている。
 今夜は早々に休んで行動を起こすのは明日からだ。




作品名:桜恋う月 月恋うる花 作家名:亜梨沙