魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦
ロキは右手を高く上げて指を打ち鳴らす。城中に響くような快音と共に、闇の波動が急速に広がり、それはあっという間に魔法界全域に及んだ。そして、ロキの闇の魔力に反応し、魔法界のそこかしこに漆黒の結晶が現われはじめる。ある結晶は幼い少女が大切にしているウサギのぬいぐるみの中に現れ、またある結晶は空中に現れたまたま通りかかったアイスドラゴンの口の中に入って飲み込まれた。無数の結晶が魔法界に出現すると、フェンリルが首から下げるタリスマンが淡く輝き始める。
「おや? 急にタリスマンが反応した。どういうことだ?」
「俺も闇の匂いを感じるぜ」
「俺様の力で魔法界に蓄積(ちくせき)された闇のエネルギーを具現化(ぐげんか)した」
そういう主を見つめてフェンリルがいった。
「魔法界にもナシマホウ界のような闇エネルギ―があったのですね」
「いや、本来の魔法界には邪悪な闇エネルギーなど存在しない。だが、ドクロクシィの野郎が闇の魔力を散々まき散らし、さらにデウスマストが一度魔法界とナシマホウ界を混ぜこぜにして、その時にもナシマホウ界の闇エネルギーが魔法界に大量に流れ込んだ。俺様がそれをちょいと刺激してやったのさ」
ロキは簡単なようにいっているが、一瞬で魔法界に闇の結晶を出現させる魔力はすさまじい。フェンリルもボルクスもそのすごさの前に絶句(ぜっく)した。そんな二人にロキはいった。
「プリキュア共が魔法界にくるまでにはまだ時間があるだろう。お前ら、プリキュアが現れる前に闇の結晶を集めてこい!」
「はっ、ロキ様、お任せください!」
「へぇ!」
フェンリルとボルクスは、それぞれロキに向かって低頭(ていとう)していった。それから二人そろって出口に向かって闇の中に消えていく。
二人で並んで走っている時に、フェンリルがボルクスに向かっていった。
「あんたのせいで、わたしまで怒られたじゃないか! ああ、迷惑だ、迷惑だ!」
「なんだと! 全部この俺のせいだっていうのか!?」
二人は立ち止まり、互いにらみあう。
「わたしはロキ様に闇の結晶を十分に献上(けんじょう)して褒(ほ)められていたんだ。お前の方はどうなんだい?」
フェンリルがすでに勝者の笑みを浮かべていうと、ボルクスはうっと言葉が詰まる。いくら頭が悪くても、フェンリルと自分の持ち寄った闇の結晶の数の差くらいはわかる。
「な、なにを……」
言葉に窮(きゅう)しているボルクスを見て取って、フェンリルは勝者の笑みを顔から消し、さも申し訳なさそうにいった。
「止めよう、喧嘩(けんか)なんかしていたら、またロキ様に叱(しか)られる。それよりもいい考えがあるんだ、ちょいと耳を貸しなよ」
「おう、なんだ?」
ボルクスが巨体をぐっと下まで傾けて小さな体のフェンリルに耳を近づける。その姿は少しばかり滑稽(こっけい)であった。
「あんたは闇の結晶みたいなちまちましたもの集めるのは苦手だろう。わたしが闇の結晶を集めるから、あんたはプリキュアを倒しなよ。そうすればロキ様は大喜びさ」
「おお! なるほどな! おめぇ頭いいな!」
「そうだろ、あんたに手柄を譲ってやるよ」
「ありがとよ! よし、待ってろよプリキュア!」
そういってボルクスは一歩ごとに地震を起こしながらフェンリルの前から走り去った。後に残ったフェンリルは口の端を吊り上げ、悪い笑みを浮かべていった。
「バカは扱いやすくていいねぇ。さぁて、わたしは闇の結晶を集めるとするかねぇ」
フェンリルは悠々(ゆうゆう)と歩いて城に蔓延(はびこ)る闇の向こうに消えていった。
芝生公園の外れにある菜の花の園、季節が少しずつ移り変わり、小さな黄色の花々は少し散り始めていた。風渡り草花がざわめき、モンシロチョウが無数に飛ぶこの場所にいると、メルヘンの世界に迷い込んだのではないかと思えてくる。二人の少女と一匹のぬいぐるみがこの花畑の中心に立っていた。
「フレイア様、闇の結晶を持ってきたデビ」
小百合に抱かれているリリンがいうと、彼女らの目の前の地面に月と星の黒いヘキサグラムが出現し、その上にフレイアが現れる。
「みなさん、ご苦労様です」
フレイアは相変わらずの柔和(にゅうわ)な笑顔で3人にいった。
「フレイア様、闇の結晶です」
小百合がバスケット一杯に入っている闇の結晶を差し出すとフレイアはいった。
「まあ、たくさん集めてくれたのですね」
「半分は小百合がすんごい卑怯なやり方でミラクルから取ったんだよ」
「ちょっとラナ! 人聞きの悪いこといわないでよ!」
「だって、本当のことじゃん」
ラナは平気な顔でそんなことをいう。彼女に小百合を貶(おとし)めるような気持ちはまったくなく、ただ正直すぎるだけなのだ。フレイアのためとはいえ、ダークネスであった小百合がミラクルに卑劣なことをして闇の結晶を奪ったのは事実なので、小百合は反論できなくて苦い顔をした。
「あなた達が伝説の魔法つかいと接触したことは知っています。小百合の判断は最善であったと思います。例え伝説の魔法つかいプリキュアであっても、この闇の結晶を渡してはなりません」
フレイアにそういわれて、小百合は少し安心する。小百合だってあんなことをしたくはなかった。ミラクルが最後に見せた絶望した顔を思い出すと、胸がキュッと締め付けられるように感じる。
「もうナシマホウ界には闇の結晶は存在しないようです」
「では、ナシマホウ界はもう安全なんですね」
小百合がいうとフレイアは頷く。
「残念なことに、かなりの数の闇の結晶をロキに奪われてしまったようです。それに、魔法学校の校長も闇の結晶を所持しています。いずれはすべての闇の結晶を一つに集めなければなりません」
それを聞くと、小百合とラナは緊張した面持ちで黙っていた。フレイアのいったことは、いつかは魔法学校の校長とつながっている伝説の魔法つかいと戦うことを意味していたからだ。小百合には迷いはなかった。彼女は自分の目的のために成すべきことをするのみだ。
「フレイア様、わたしたちに他にできることはありますか?」
「じつは魔法界に大量の闇の結晶が出現しています。恐らくロキの仕業(しわざ)でしょう。あなた達はすぐに魔法界に赴(おもむ)いて引き続き闇の結晶を集めて下さい」
「でも〜、今は魔法界に帰れないんだよね〜」
ラナはそう言いつつフレイアを期待で輝く目で見つめる。するとフレイアは変わらない笑顔でいった。
「わたしの魔法力では、とてもとてもあなた達を魔法界へ送ることはできません。ですから自分たちで何とかしてください」
『えっ!?』
驚愕のあまり目を丸くしている二人にフレイアはさわやかな笑顔を向ける。
「大丈夫です。あなた達が力を合わせれば何だってできます。わたくしは一足先に魔法界へ行っていますからね、がんばってくださいね」
そういってフレイアは闇の結晶の入ったバスケットを持つと消えていった。後に残された小百合とラナはしばらく黙って突っ立っていたが、やがてラナが放心から戻っていった。
「うわ〜、すっごい無茶ぶりだぁ……」
「なんてこと……」
また少し沈黙があって、今度は小百合がいった。
作品名:魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦ 作家名:ユウ