魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦
「やっと理解してくれたようね。それにしても、よくそんなんでレーシング箒の免許が取れたわね。学科試験だってあったでしょうに」
「免許もらった時は、君すごすぎるからテスト受けなくていいっていわれたよ」
「……なんでラナは箒ばっかりそんなにすごいのかしらね、奇妙だわ」
小百合は次々と生徒が飛び乗っている空飛ぶ絨毯バスを見て言った。
「もうラナの箒には乗らないからね。わたしはあれで帰るわ」
ラナは早々にリンゴ村の島について小百合を待っていた。待ちすぎて海沿いの原っぱで眠ってしまった。そのうちにサラサラと顔に冷たいものが降ってくるのでラナは目を覚ました。小百合がその辺の葉っぱをむしってラナの顔にふりかけていた。
「お目覚めかしら?」
ラナが起き上って頭を振ると、頭のてっぺんに乗っていた葉っぱがどっかに飛んでいった。
「小百合おそいよぉ。遅すぎて寝ちゃったよ」
「魔法商店街やら知らない街やら回り回ってここに着いたからね」
二人は並んでリンゴ畑の間にある農道を歩いていく。
「ラナの箒の乗れないとなると、二人で闇の結晶を探せないわね」
「それなら大丈夫! わたしにいい考えがあるんだ〜」
「いい考えってなによ」
「それは見てのお楽しみだよぉ」
「あんたがそんな自信満々に言うと、逆に心配になるわ……」
そんな二人の様子を上空から見ている黒い影があった。
「あの少女たちか」
彼は全身をくるむ黒いマントを広げ、滑空して小百合たちの前にゆっくりと着地する。
「誰!?」小百合が身構えて右手のリンクルブレスレッドを胸の高さまで上げる。ラナも敵が現れたと思って両手の拳を胸に当てて固くなっていた。
彼がマントをひるがえすと、血色の裏地と長身が露わになる。彼の耳は三日月形に長く、鋭い瞳は深紅、顔は青白い。どう見ても人間ではなかった。着こなしには品があり、黒いスーツに似た服の下に紫の燕尾シャツ、首周りにはオレンジ色のたっぷりとした毛皮のストールを巻いている。どれをとっても普通ではないが、小百合たちを特に警戒せたのは、彼が持っているドクロの付いている魔法の杖であった。
「そう構える必要はありません。わたしはフレイア様の使いで君たちを迎えに来たのです」
「フレイア様に使いの方がいるとは知りませんでした」
小百合が冷静になって返すと彼は微笑した。まるで蝙蝠(こうもり)のようないでたちの彼が二人の少女と一体のぬいぐるみを見つめていった。
「君たちが宵の魔法つかいプリキュアですね。わたしはバッティと申します、以後お見知りおきください」
バッティの紳士的な態度には好感が持てた。ラナはまだ少し怖がっているが、小百合は彼を信用した。
「フレイア様はどこにいるの?」
「すぐにお連れしましょう、フレイア様の闇の神殿セスルームニルへ」
バッティが右手を差し出す。
「わたしに触れていれば、一緒に移動することができますよ」
小百合がバッティの手に自分の手を重ね、その上にラナが手を重ねると、バッティは呪文を唱えた。
「イードウ!」
瞬間に小百合を取り囲む世界が変化した。リンゴの木に囲まれた農園の道が薄暗い石の廊下に転じる。
「ここは……」
「ここが闇の神殿セスルームニルです」
闇の神殿とはいっても、真っ暗闇というわけではなかった。空中に球体の光源がいくつか浮んでいる。それはランプではなく光そのもので、弱い光を放つとても小さな太陽というところだ。薄暗い神殿のどこからか遠い歌声が聞こえてくる。それは寂し気だがどこか蠱惑的(こわくてき)で黙って聞いていると引き寄せられるような感覚になる。
「この歌なあに? もっと近くで聞いてみたいなぁ」
「それはやめた方がいいでしょう。これはセイレーンの歌です。この神殿は海の底にあり、近くでセイレーンたちが歌っているのですよ」
今にも歌に向かって歩き出しそうなラナにバッティが説明する。
「セイレーンて、神話なんかに出てくる歌で人を惑わせて海に引きずり込む人魚ですよね」
「おおよそは合っていますよ。見た目は人魚に似ていますが、人魚とは全く別の者です。セイレーンは人間と友好的な人魚とは逆に人間から恐れられています」
バッティは前に出ると首だけ回して赤い目で少女たちを見据えていった。
「参りましょう、フレイア様がお待ちかねです」
石廊を歩く3人の足音が薄闇の中に高く響く。暗さの中にも神殿を支える巨大な支柱や壁に彫り込まれた壁画のようなものが見える。高い天井は闇に埋もれて見ることはできない。そこにセイレーンの歌がそえられ、闇の神殿の名に相応しく昏(くら)い中にも優雅さがある。
ラナがセイレーンの歌にやられて酔ったような足取りになっていた。小百合はラナの後ろから歩いて、ふらつくラナの背中を時々押したり支えたりしていた。そうしているうちに、急に開けた場所へと出た。そこは非常に広い部屋で、巨大な数本の石柱が等間隔に並び、ずっと奥には玉座のようなものが見える。この場所の光源は大きく、廊下よりもいくらか明るかった。薄闇の中で高い天井も何とか見ることができる。小百合たちはどんどん奥へと歩いていく。そして一番奥の玉座にフレイアはいつもの笑顔で座っていた。今までと違うのは漆黒の鎧をまとった騎士が右隣にいることであった。騎士はもはや黒い鉄の塊にしか見えないような分厚い鎧で身を固め、大剣と一体になっている巨大な盾を持っている。兜の隙間から金髪の前髪が少しだけ見えていた。
「お連れしました」
バッティはフレイアの前で膝をついて低頭した。
「バッティ、ご苦労様でした」
フレイアの言葉を受けてバッティは立ち上がり、横によけて二人に道を開ける。二人は前に進んでフレイアに近づいた。
「二人ともわたしの期待通りに魔法界にきてくれましたね」
「何ていいますか、ものすごく幸運でした」
「運も実力のうちといいますからね」
フレイアがにこやかに言うと、小百合はなんかちょっと違うなと思ってしまった。小百合に抱かれていたリリンが飛んでフレイアに近づく。
「フレイア様なんだか元気なさそうデビ」
「まあ、そんなことはありませんよ。わたしはとても元気です」
リリンは何だか心配そうにしているが、小百合とラナには変わらぬ笑顔のフレイアが元気そうに見える。
「ねぇ、フレイア様ぁ。こっちの蝙蝠みたいな人と、そっちの黒い塊みたいな人は?」
「ちょっとあんた、何よその失礼な言い方は!」
ラナの適当極まりない言い回しに小百合は突っ込まずにはいられない。フレイアは特に気にもせずに笑顔のままいった。
「紹介しましょう。わたくしの側に立っているのがダークナイト、そちらが闇の魔法つかいのバッティです。二人はわたくしに仕える者たちなのです。二人ともとても頼りになりますよ。あなた達の力にもなってくれるでしょう」
誰の言葉もなくなり、薄闇に静寂が沈滞(ちんたい)する。微かなセイレーンの歌声の中で淡い光に浮かぶフレイアの姿は、いつもより増して美しく幻想的であった。
「引き続き闇の結晶を集めて下さい。ロキ一味はすでに闇の結晶をかなり集めているようです。これ以上、彼らに闇の結晶を渡してはなりません。もちろん、伝説の魔法つかいも同様です」
作品名:魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦ 作家名:ユウ