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神殿長ジルヴェスター(10)

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 触れる前に引っ込められようとしている事に気付いて、反射的に私はその手を掴んでいた。
 …言わなきゃ、私の、感謝の気持ち。その大きさが伝わる様に。そして。
「…神殿長、ありがとうございます。」
「…マイン?」
「神殿長が私を守って下さっている事は解っています。それも、私が考えている以上に。」
 私は手にぎゅっと力を込めた。
「私は…、神殿長の手が好きです。抱き抱えられるのも、頬を突かれるのも、頭を撫でられるのも、全てこの手にある優しさを感じられますから。」
「私の手を…、汚いとは思わぬのか?」
 ああ…、だからさっき手を引っ込めたのか。そんな事思う訳無いよ。
「私には貴族の事は分かりません。でも、神殿長が傷付かない訳が無い事も、罪悪を持ちながら生きている事も予想が付きます。
 ――本当は語りたく無かったでしょうし、また語る必要もありませんでした。私は平民ですから。
 それでも語って下さったのは、私に現状を知らせる為でしょう? 幾ら神殿長が反対しても、領主命令が出ればどうしようもないから。
 もし本当に…、領主様が私を愛妾にしたら…、私はどうなりますか? 領主様が仰られた条件は叶うのでしょうか? 神殿長の率直な考えをお教え下さい。」
「叶う。フェルディナンドは嘘を吐いていない。約束事に等しい言葉を、理不尽に破ったりはせぬ。…悪い男では無い。それは保障する。
「そうですか。…覚悟が決まりました。」
 私は上手く笑えてるだろうか。
「神殿長、1つだけお願いがあります。」
「何だ、マイン。」
「その前にお話させて貰いますが…、神殿長は私がルッツと一緒になるのが一番幸せになれるって言いましたね。」
「ああ。」
「それは絶対に有り得ない事です。」
「? 何故だ。」
「下町の価値観で奥さんにしたい条件の1つは、丈夫である事です。増しては貧民層であれば尚更です。確かに平民に血を残すと言う意思はありません。でも子供は労働力の1つなので、子を作らない選択は無いんです。更に貧民達は夫婦供に共働きが当たり前です。
 健康で良く働いて、子供も産める。下町で考えられる必要な条件です。
 だから私は結婚出来ません。虚弱体質で、直ぐに倒れる私は足手纏いです。私とじゃルッツが可哀想です。
 例え領主様の命令が無かったとしても、私は一生独身です。」
「それは…、」
 大丈夫だよ、それで良いって思ってたから。でもね、だけど。
「私の御願い事は唯1つです。もし領主様が結婚されて、子供が生まれ、愛妾になれと命令されない未来があるなら、その未来でも、神殿長が神殿長であるままなら。…その時は、神殿長が私を愛妾にして下さい。」
「は、え、ええ?」
 もし叶うなら、貴方と夫婦になりたいよ。
「貴族の愛妾になるなら、私は貴方が良いです。例え子供が産まれても、貴方なら一緒に悩んでくれるでしょう?」
 無理なのは分かってるけど、
「マイン…、その…、」
 夢が見たいよ。
「はい。」
「成長した其方を女性として見るのは出来るだろうが…、その、女性として扱えるかどうか…、閨事には自信が無い…。」
「出来なければそれで構いません。ですから…、御願い…、駄目ですか?」
 閨って…、そう言う事だよね。そっか、童貞なのか。花捧げもしなかったんだ。私としてはそう言う人だって分かって尚、嬉しい。
「いや、まあ…、そうだな。そんな未来が来たなら。…約束しよう。」
 やったあ!!
「神殿長、こうして下さい。」
 私は神殿長の手を指切りの形にする。
「指切りって言うんです。約束する時にします。」
「平民の作法か?」
 私は否定する。
「いえ、夢の中での、子供同士の決まりです。」
 小指と小指を絡ませる。胸の鼓動が少し大きくなった気がする。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーら、はーりせーんぼーんのーます、ゆーびきった!」
 リズムを取るように、手を小刻みに振り、最後に勢いを付けて、小指を離す。
「ふふん、これで約束が締結されました。」