神殿長ジルヴェスター(11)
フロレンツィア視点
私はフロレンツィア。ダンケルフェルガーに嫁いだ身です。本来ならエーレンフェストに嫁いだ身ですが。
婚約者のジルヴェスター様との星結びを故郷で待っていたあの日々…。それが破談となり、茫然自失となったあの日々…。
暫くして落ち着き、ジルヴェスター様の情報を探りましたが、無責任な噂が立つばかりで、真相に辿り着けませんでした。
心を切り替えて、今の夫と星結びを得て、出産も経験した頃、ジルヴェスター様の噂が立ったそうです。
唯、その時の私は進んで噂を知ろうとは思いませんでした。にも関わらず、私の耳に入ってくるのは試されていたのだと思います。私達の恋は知られておりましたから。
…曰く、ジルヴェスター様はご兄弟の為に自らの未来を棄て、白の塔に入ったと。その後、捨て身の献身が領地を良き方向に導いたと認められ、白の塔より出たと。けれども上流貴族としての暮らしを断り、神殿に入ったと。
…その理由は未だに私を想っていて、妻を娶りたくなかったからだと。
確かに何も想わない訳ではありません。しかし私達のブルーアンファは既に居ないのです。リーベスクヒルフェの結んだ縁は切られ、今の夫に結ばれました。
子供を産んだ後に関わらず、気が重いです。
「フロレンツィア。」
ある日、夫が私に言いました。
「今回の領主会議に出てくれぬか?」
私は目をしばたかせました。
「何かございましたか?」
本来なら私の立場では出席する必要が無いのです。
「噂が五月蝿すぎる。放って置きたいが全く…。」
「放って置けない理由が?」
「仕事で足を引っ張られるのだ。」
私はハッとしました。ダンケルフェルガーは男性社会は余り細かい事に拘りませんが、故に事が起きれば大きくなりやすいのです。
「ディッターでジルヴェスター様に分からせろ、と…。神殿に籠ってる相手とどうしろと…。増して私は文官なのに…。」
その中で夫は珍しくディッターとは言い出さない方です。故に随分、粉を掛けられているそうで、随分迷っている様でした。
「しかもアウブがエーレンフェストに向かって、ジルヴェスター様を出せと言ったらしい。」
と言う事は…。
「アウブ・エーレンフェストは了承したと…。」
「まあ…………。」
それ以外、何を言えと言うのでしょう。
「何とか交わそうとしたのだが…。」
それで仕事に差し支えが出たと。
「分かりました。出席して、我が身に降るカーオサイファを退けて見せましょう。」
何にせよ、ジルヴェスター様を1度、噂ではなく、自分の目で確かめたいと思っていたのです。
領主会議の期間です。ダンケルフェルガーが上位領地であるに関わらず、ジルヴェスター様の処に行くと言って、エーレンフェストに向かおうとするのをアウブ・ダンケルフェルガーの第一夫人が何とか留めております。
一方でエーレンフェストは上位領地に挨拶回りをしております。アウブであるフェルディナンド様は麗しい容姿で目立ちますが、その兄であるジルヴェスター様もかなり目立ちます。理由は服装です。この場に相応しい質で揃えておりますが、あれは神殿長の服を基調にしております事は直ぐに伝わります。その為、直接ジルヴェスター様を知らない者にも伝わった様でした。
「あれがご兄弟の為に自ら犠牲になった…、」
「未だに妻になる筈だった方を想っていて…、」
ジルヴェスター様を見て、各々が噂を巡っております。
「さあ、行きますぞっ!! ジルヴェスター様に引導を引き渡すのですっ!!」
「ダンケルフェルガーが悪役になりますわよ。」
盛り上がる空気を、夫人がバッサリと切りました。
「ディッターをするのは向こうがフロレンツィア様を欲しいと言った時のみです。
ジルヴェスター様が諦めていたなら、ダンケルフェルガーが無神経と罵られ、回りの全領地を敵に廻しかねません。もし王家まで巻き込めば、王命と言う形でフロレンツィア様を奪われるかも知れませんわよ。」
「その様な事、困りますわ。私、夫と離れないと決めておりますのに。」
ここぞと私は夫人に便乗致しました。
「私はもうダンケルフェルガーの女ですわ。」
ジルヴェスター様に1度も興味を持たず、最低限の言葉しか交わさない、私はもう決めているのです。
ふと気付きました。
「あら、アウブ・エーレンフェストはどちらへ?」
いつの間にか姿が見えません。何時もは目立っていて、直ぐに分かるのですが、白色の姿をしたジルヴェスター様に誰もが視界を奪われ、別行動していたフェルディナンド様を把握されていたのは最初だけでございました。
そう言えば、と廻りも首を傾げております。そうしている間にジルヴェスター様が此方に来て、挨拶をされました。
ディッター、と言い出しそうな周囲に気を配りながら、夫人が話を切り出そうとしていた時です。
「ジルヴェスター様。」
やや急ぎでジルヴェスター様を呼ぶ声がしました。
「ユストクス? 其方、何処に行っていたのだ? 気が付けばエックハルトもおらぬし…。」
ハッキリとアウブは何処かと尋ねないのは、止むを得ない理由で欠席している訳では無いアウブの姿が見えない等、言うべきではないからでしょう。
「アウブより緊急の連絡でございます。」
「何…?」
訝しげな顔をしたジルヴェスター様は、一声告げて席を立ち、離れました。そしてそのまま戻りませんでした。
ユストクス様が重大な用件が出来たと言って謝られ、カルステッド様と共に姿を消しました。
何があったのかも解りませんが、アウブが姿を消す程です。何かがあったに違いがありません。
こうして何も聞けずに終わった邂逅で、噂はエーレンフェストの謎に塗り替えられて終わったのです。
続く
作品名:神殿長ジルヴェスター(11) 作家名:rakq72747