今桜詰め合わせ
ごめんなさいの使い方
自分、ごめんなさい、ごめんなさい云うて何でも許してもらえるとか勘違いしてへん?
眼鏡の奥の感情の読めない目がさらに細められる。桜井は何も云えず、バスケットシューズの爪先を見ていた。 いつも騒がしい体育館は不気味なほど静かで、世界はふたりのために自転を止めていた、ように今吉には思えた。
今吉は嘘を吐かない。世辞も卑下も彼には無縁の言葉で、それをいつも穏やかな表情に湛えていた。 ごまかしでない言葉をごまかしでなく相手に伝える。ゆえに、彼はいつでも正しい。だがしかし、必要以上に相手と接近もしない。 他人との距離をよく心得ている人物でもあった。だから、彼は「チームワークなんかあまり関係のない」このチームのリーダーとして、ここにいるのだった。 御することはできなくとも、制することはできる。そんな人間。
そんな今吉が、こうして桜井を―――というか、面と向かって他人を―――責めるのは珍しいことだった。
「ご、ごめんなさい、」
「だから謝ればいいもんとちゃうんよ」
「すいません、」
桜井はいつものように涙目で頭を下げ続けていた。彼は、謝るという選択肢しか知らない。何故謝っているのかも、知らない。
(ほんまはこないなことさせたいわけと違う)
こんなにして苛めたいわけではない、と、今吉は頭の隅で考える。 (すまんのぉ、桜井)彼の見つめるバスケットシューズの下、ぴかぴかに磨かれた床。 自分の顔は今どんな顔をしてるんだろうか、目を凝らしても見えやしなかった。 (桜井、ただ、ただ俺はな、)桜井の涙が床に落ちる。ぴかぴかの床が更に違う輝きを帯びる。 今吉は別次元のことのようにそれを見ている。彼の涙はきれいだと思う。
「桜井」
「ごめ…っ、ごめん、な、さいぃ、っ」
「桜井、俺なぁ、(ほんとは泣かせたいんと違うんよ)、」
「…す、み、ませっ、……」
彼の涙はきれいだと思う。もっと、見たくなる。でも、見たくないと思う。相反する感情に今吉の脳はゆっくりと焦げていく。 焦燥感。正しいのは、何だ。今吉の脳はゆっくりゆっくり侵されていく。
(俺は、正しくなんかない)
桜井の髪はさらさらしていた。抱いた肩は、やっぱりというか意外とというか割合厚めだった。 (少なくとも今の俺は、間違いだらけや)今吉の乾いたTシャツにも、きれいな涙は吸い込まれている。 それに満足感を感じてしまう、もしかして自分はサディストなのだろうか、今吉は考えて、笑う。桜井は泣く。 涙は床や彼の頬や今吉のTシャツに散らばって、鮮やかな世界。極彩色の世界の中で、桜井は泣く、今吉は笑う。
(俺はなぁ、お前の涙も好きやけど笑顔が見たいだけなんよ)
陳腐な告白は果たして、彼をさらに泣かせてしまうのだろう。なればこそ今吉は最後までこの想いを云わない。
そうして恋は終わらせない。
(2009-10-29)