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約束1

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安室を抱えているため追う事も出来ず、ただその後ろ姿を見送る。
「一体何者だ?」
おそらくまだ若い、十代の青年。
話し方は丁寧で、それなりに良い生活環境で育った事が伺える。
そして、その声は何処かで聞き覚えがあった。随分前にどこかで聞いた事がある。
ただ、どこでだったかが思い出せない。そもそも会ったことがあるかと言われれば微妙だった。
それに彼の醸し出す雰囲気は、どこかあの少年に似ている気がした。
あの鬼の上司に“恐ろしい男”と言わしめたあの少年に…
「まさかな…」
風見は己の考えを振り払うように首を横に振り、前を見据えて歩き出した。



「はぁ、良かった。とりあえず安室さんはこれで大丈夫だろう」
新一は風見から離れたビルの陰まで来ると、ホッと息をつく。
「しっかしどうやって帰るかなぁ。この格好じゃ流石に歩いて帰るにも帰れないし…スケボーはどっかに行っちまったしな」
裸足の足元を見て溜め息を吐く。
「博士に迎えに来てもらうか…でも今晩は光彦たちが博士の家に泊まるから流石に子供を置いて出てこいって言うのはなぁ…」
そして、ポケットからスマホを取り出し、どうしようか思案する。
「昴さんに頼むか…って今はコナンじゃなくて新一の姿だし、それも無理か」
とりあえずコナンに戻れるまでこの辺に隠れて、戻れたら博士に連絡するか。
と、その場に座り込む。
「流石に疲れたなぁ」
「お疲れ」
突然後ろから声を掛けられ、慌てて振り返る。
「誰だ!」
そして、振り返ったそこにいた人物に新一は目を見開く。
「…親父!?」
そこには、ポケットに手を入れて微笑む優作の姿があった。
そして、その横には昴の姿も。
「昴さん!?」
咄嗟に名前を呼んでしまって、不味いと思い口元を手で覆う。
『ヤベェ、新一は昴さんとは面識が無い』
新一のそんな焦りを気にする事なく、昴が新一へと手を伸ばす。
「怪我はありませんか?」
「あ、え…はい」
思わず伸ばされた手を取り立ち上がる。
「えっと、あの…俺…」
戸惑う新一に、昴がクスリと笑いながら頬の傷へと手を伸ばす。
「流石に最後のアレは見ていてハラハラしましたよ。安室くんがいたから大丈夫だとは思っていましたけどね」
そう語る昴に、やっぱり自分の正体などとっくにお見通しなのだと小さく溜め息を吐く。そして、一体いつから見ていたんだとジト目でその澄ました顔を見上げる。
高校生の姿に戻っても、長身な昴の背を超えることなど出来ず、コナンの時と同様見上げなければならない事にも少し腹が立つ。
「拗ねないで下さい。さあ、早く帰りましょう」
そう言いながら新一の膝裏に手を入れて軽々と横抱きにする。
「え!?あ?ちょっと!」
突然の浮遊感に驚く新一の身体をグッと抱きしめて歩き始める。
「降ろして下さい!自分で歩けます!」
「靴も無いのに、これ以上歩いたら足の裏が傷だらけになってしまう」
「このくらい大丈夫だから!」
「ダメです」
「ちょっ!昴さん!降ろして!」
暴れる新一に、昴の顔から笑みが消え、赤井秀一のグリーンの瞳が姿を現わす。
「ボウヤ、暴れるな」
昴の声のまま、口調が赤井のそれに変わる。
「え…?」
「君は無茶をし過ぎだ。なぜ俺に相談しなかった?」
その口調から、赤井の苛立ちが伝わってくる。
「だって…今回のは組織とは無関係だったし…迷惑をかける訳にはいかないと思って」
「ボウヤは俺が迷惑だと言うと思っていたのか?」
おそらく赤井は自分に手を差し伸べてくれただろう。それは新一にも分かっていた。けれど、遺恨のある安室が関係した事件に関わらせてはいけないと思ったのだ。
「…いいえ…」
「君が気を遣ってくれたであろう事は分かっている。しかし君はもっと大人を頼れ、その為に俺は側にいる。それともそんなに俺は頼りにならないか?」
「そんな訳ない!」
唇を噛み締め、顔を伏せる新一の髪を、優作がクシャリと撫ぜる。
「新一、昴くんの言っている事は分かっているのだろう?」
優作の問いにコクリと頷く。
「なら良い。さあ、家に帰るぞ」
「うん…。ありがとう」

車に乗ると、新一はすぐに眠りに落ちてしまった。
ここの所、小五郎の無実を証明する為に奔走し、今日も散々町中をスケボーで走り回って最後はあの大立ち回りだ。流石に疲れたのだろう。
優作の膝を枕代わりにして新一が寝息を立てる。そんな新一の頭を撫ぜながら、優作は新一の襟裏に違和感を感じてそっと捲る。
すると、そこには見慣れた盗聴器。
「おやおや、参ったね」
おそらく新一から安室を受け取った際に取り付けられたのだろう。
『流石はゼロの部下だな。…まぁ、お互い様か』
息子が彼に盗聴器兼発信機を取り付けた事を思い出し、クスリと笑う。
そして、盗聴器をコン コーン コン コン コーン コンコンと叩く。
それはモールス信号で、endを意味していた。そこまで叩くと、盗聴器を外して窓の外へと放り投げる。
「優作さん?」
優作の行動をミラー越しに見ていた昴が一瞬疑問の声を上げるが、直ぐに状況を理解すると少し笑みを浮かべて視線を前に戻した。
「来客の準備をしておいた方が良さそうだな」
「そのようですね」
二人は何も知らずに眠る新一が目を覚まさないように小声で言葉を交わし、エッジオブオーシャンを後にした。


安室を病院に連れて行く車の中で、盗聴器から聞こえてくる会話を聞きながら、風見は驚愕の表情を浮かべていた。
「新一…工藤新一か!」
そうだ。どこかで見た事があると…声を聞いた事があると思った。
少し前まで、世間を騒がせていた高校生探偵の工藤新一。テレビのインタビューでその顔と声を知っていたのだ。
そして疑問に思う。昴と呼ばれていたのは、おそらく現在工藤邸で居候している大学院生の沖矢昴の事だ。降谷が赤井秀一の変装した姿だと言っていたが、それは間違っていた。
しかし、果たして本当に間違っていたのだろうか?先程の口調は赤井秀一に似ていなかったか?
そして、沖矢昴のあの言葉。
降谷はカジノタワーから白鳥の軌道を変える際、一人ではなく、工藤新一と一緒にいたのか?降谷からは一切工藤新一の名は聞いていなかった。自分にも内密に接触していたのか?いや、それはありえない。
自分はそれなりに降谷に信用されている自信はある。
それに、工藤新一とよく似た瞳を持つ少年。
年相応とはとてもじゃないが言い難い頭脳をもつ子供。
その推理力はまるで工藤新一を彷彿とさせた。
「まさか…な…」
「そのまさかだよ…」
「降谷さん!?」
血の滲む左腕を押さえながら大きく息を吐いて降谷が起き上がる。
「俺も自分の目で見るまでは信じられなかった」
「え?」
「工藤新一も我々と同様に組織を追っている。そして…おそらく被害者でもある…」
あの時、意識は朦朧としていたが、目の前で呻き声を上げながら大きくなるコナンの姿を見た。
そして、組織内で噂になっていた研究の事が脳裏に浮かぶ。
「彼とは一度ゆっくりと話さなければならないな」
降谷はシートに背を預け、カジノタワーの灯りを見つめる。
『僕の恋人はこの国だ。コナンくん、その中に君も含まれているんだよ。君を組織の魔の手から守れなかった…だけど約束するよ、きっと君を元の生活に戻してみせる!』

作品名:約束1 作家名:koyuho