As you wish / ACT1
ああ、何個目の自販機かなあれ。数えるのも億劫だし全然興味ないけど、気を紛らわせるためにそんなことを考えた。本気でまこうとしているのにこれだ。いっそ、もっと人通りの多い道に出てやろうか。
しかしそれをすると、彼がなんて言うかな。
折原臨也は苦笑する。この俺が、この、バケモノの俺が好き好んで人間にしたがっていると知ったなら、旧知の仲のあの闇医者や目の前の怪力男などはどう思うのだろう。しかも相手は一見普通でかぎりなく純朴そうな少年だ。高校一年生だ。8つも年下で、池袋や新宿に渦巻く闇の世界のことなど何も知らなそうな、純白の雪の様な少年なのだ。
クッ、と臨也はのどの奥で渇いた笑いを響かせた。
まあでも、それだけじゃないからねえ俺のご主人さまは。
全速力で夜の公園を駆け抜けながら、臨也はすでに同じ町にいるはずの少年を思った。なんで呼んでくれないんだろう、まだ用事終わらないのかな。幼馴染との感動の再会、そして池袋案内だったっけ?
そんなの、彼が望むなら俺が手配したのに。頭に来るなあ、ほんと、くだらないけど。
気に入らない気に入らない気に入らないなあ。俺の知らない帝人君を知っている紀田君は、本当に本気で気に入らないなあ。嫉妬?うん、そうだよ。誰だって自分の物を他人にとられるのはいやでしょ?
まあでも、と臨也はポケットの中に入っている鍵を、大切そうに上から抑えた。これがある限り、寝る前には会えるだろう。何しろ彼の家を手配したのは臨也なのだから。
彼の家族とは、1年前のあの事件以来、主に臨也の努力によって友好関係を築けている。だって大事な大事なご主人様の血縁だし?そりゃ、ないがしろになどできないでしょ。そのご両親がわざわざ電話をよこして、帝人のことをくれぐれもよろしく、と言ってくれたんだから、家族公認ってことでいいんだよね?
任せてください、帝人君は俺が守りますよ、なんて答えた自分のそのしらじらしい台詞と、裏腹にとても誠実な響きに爆笑するかと思った。この俺がそんなバカみたいな台詞を、心底本気みたいに言えるんだからすごいよね!いや、本気だけど!そもそも本気で守ろうと思っていること自体が奇跡だってことを、あの子はもう少し自覚するべきだ!
この1年間、1分1秒だってすべてを彼に囚われて過ごしている。
そうしてその、待ち焦がれた彼が。
今日この池袋にいると言うのに!
どかんと飛んでくる自動販売機をひょいとよけながら、心底いらいらするなあ、と舌打ちをした。
もう本気でシズちゃんは死ねばいい。そして死体は新羅に切り刻まれて徹底的に日本の医療発展のためにでも利用されればいいよ、シズちゃん案外善人だから本望でしょ、そういうの。っていうかそうなれよ。
何度目かの破壊音のあと、割れたガラスが降り注いだ。近くのショーウインドウに標識が突っ込んだらしい。舌打ちをしてすぐ距離をとったが、頬に滑った鋭い感覚は自覚していた。まずったな、こんな目立つ所に怪我なんて、怒られちゃうじゃないか。
頬を伝う一筋の血を親指でぬぐい、そのままなめてみた。
ああ、まっずい。
これだから俺には彼が必要だ!
「ほんとにさあ・・・」
逃げ一辺倒の足を止め、くるりと振り返れば、そこに迫る大っ嫌いな怪物に。
「いい加減、人の話をきくってこと、覚えた方がいいと思うよ、シズちゃん?」
掲げたナイフに、街灯の光がきらりと光った。
作品名:As you wish / ACT1 作家名:夏野