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梅嶺 参 ───梅嶺ノ谷───

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梅嶺の、要所要所を見て回る。
梅長蘇は常に、蒙摯と戦英を同行させた。
ただ梅嶺の珍しい景勝地を、梅長蘇の案内で巡っている訳では無い。
五日ほど前、梁軍は大渝から奪われた、梅嶺の砦を奪い返した。
大渝軍は砦戦で大敗したが、梁と大渝との戦は終わってはいない。
まだ、大渝軍は梅嶺から、去ってはいないのだ。
大渝軍は、折角取った砦を、梁軍に奪い返され、武器も兵糧も奪われた。一矢報いて、梁軍に痛手を負わさねば、彼らは故国に帰れまい。
いつ何時、大渝が仕掛けてこようとも、跳ね返せる自信は梅長蘇にはある。
蒙摯と戦英を同行させるのは、これからの大渝戦に備える為だ。

梅長蘇は、この梅嶺の地を、隅々まで知っている。
かつて林殊は、自分の足で、この地を見て回った。
どの地形にどこに利があり、どう使えば戦に勝てるかを、父と語ったこともあった。
梅長蘇となった刻ですら、頭に甦り、思い出しては戦術を考えていた。
武門の林家の血だろうか、、、。
朝廷に関わらぬと決めていた自分には、不必要な事と分かっていても、戦術を練る事を止める事など出来なかった。
まさか、役にたつ日が巡ってこようとは、、。
もっとも、思い通りに戦うには、梅長蘇の時間は限られているのだが、、、、、。

ここ数日、梅嶺を巡り歩いた。
行ける場所まで、馬で行き、必要ならば馬を降りて山道を歩いた。
その姿は、あの病弱な梅長蘇ではない。

藺晨は長蘇に、「飛流がいるから、来なくても良い」と言われていたが、突然具合が悪くなっては、飛流ではどうすることも出来ない。
梅長蘇は、藺晨が必ず行かざる得ないと知っていて、そういう言い方をするのだろうか。
━━━全く、憎々しい。━━━
梅長蘇の思い通りに動かされている藺晨も、自分らしくないと思う。
長蘇が、どこか、自分の居ない所で、ぱったり事切れていてしまいそうで、目の届く所にいないと、長蘇の姿を探してしまっていた。
見えない不安に苛まれて、長蘇の体を案じているよりも、いっそ、一緒に行動した方がマシだった。

昨日、一昨日と巡り、今日で三日目だった。
そろそろ終わりだろうと藺晨は思っていたのだが、長蘇は、まだ梅嶺という戦場の半分も、蒙摯と戦英に伝えてはおらぬ、という。
複雑な地形と、それを利用した戦術だったのだ。
戦英は長蘇の言葉を、そのまま体に入れているようだったが、蒙摯にはどうも、いま一つ、伝わりにくい様子だった。
梅嶺の図面だけでなく、実際の地形を見せて伝えねばならない理由が、藺晨にも分かった。
蒙摯だけではなかった。
実際の場所に来ると、理解した様だった戦英も驚いている。
皇太子靖王と共に、辺境を平定して回った戦英とて、実際の地形を見ねば、細部までは分からぬのだ。
それだけ、山岳戦は複雑で特殊で、何処に不利有利が隠れているのかが、分からない。
そしてこの戦が、何が何でも勝たねばならぬ戦と、梁軍が皆思っている事が、藺晨にも何となく、、伝わっていた。
長蘇は先に立ち、蒙摯と戦英を案内している。
随分と長蘇の体も思考も、調子がいいようで、藺晨は驚いている。
━━━この梅嶺に入ってからは、まるで別人だ。別人のなにかが乗り移ったような、、、。
江左盟で、配下を動かす梅長蘇とも、どこかが違うのだ。━━━

前日、図面で説明をし、次の日にその地を巡ることを繰返した。

今日は砦から随分離れた谷に来ていた。
川の流れる渓谷ではなく、山と山に挟まれた谷だった。
ここの他に、もう一箇所、回る予定だった。
実際の谷の地形は、図面で簡易的に記されたものを見ただけでは、想像もつかない。
蒙摯にも、戦英にも、図面だけで理解させるのは、やはり無理だった。
殊更、この谷の地形は、複雑だった。
一見、単純な谷の様に見えるのだ。
まだここは、戦場になった事は無いという。

赤焔軍も大渝も、この谷は互いが牽制し合い、戦場には選ばなかった。
当時、両軍とも、互いの力を、ある程度把握していた。
「だから、ここは戦場にならないのだ。どちらがこの谷に誘い込んでも、必ず裏の裏をかかれるからだ。」
「地形も広さも充分なのに、ここが戦場にならなかったとは、、。」
蒙摯が谷を見渡して言った。
「大隊が通れる谷だが、谷につながる山を見てみろ。」
梅長蘇に言われて見渡せば、ゴツゴツとした岩場だった。
「相当な数の弓隊が、この岩場に隠れられる。」
「ああ、、この谷底にいて、上から狙われたら、一溜りも無いな。」
戦英の言葉に、梅長蘇は大きく頷いた。
「例え誘い込んでも、赤焔軍は危険性を知っていて、決してここには入らないと、大渝は読んでいたのだ。」
「だから戦場にはならなかったのか、、、。」
蒙摯も頷き、納得をしたようだ。
「軍帥、戦場にならぬなら、なぜ我々に見せるのです?。」
戦英の問いに、意味深げに、梅長蘇が笑みを浮かべる。
「此度は、戦場になるかも知れぬからだ。
大渝は、赤焔軍は滅んだと、、、赤焔軍の戦術を知るものは居ないと、きっとまだ思っている。」
「前に言った事か?。」
蒙摯は、前に言われた事を、思い出した様だった。
「そうだ、赤焔軍相手ならば、この場所は使わぬが、大渝をよく知らぬ今の梁軍にならば、大渝軍は梁軍に有効だと思うだろう。」
「ならば、ここに引き入れられぬようにすれば良いのだな。」
それを聞いて、ふっと、また意味深げに笑みを見せる。
「いや、罠に嵌って、ここに入れば良い。」
「????」
「????」
蒙摯と戦英が、顔を見合わせた。
「大渝がやる事は分かっているんだ。更にその裏をかけば良いのだ。
ここで近々に一戦がかるだろう。梁軍が赤焔軍の戦を知らぬと思っているうちはな。
逆に、近々無いのならば、恐らくここに、今後、誘い込まれることは無い。」
「ここで戦うという事は、、、、、
梁軍が有り合わせの兵力で、大渝を良く理解しておらず、大渝は我々に油断をしている、そういう事なのですね。」
戦英が言った。
「そうだ。、、、もしくは、大渝が相当、切羽詰まっており、一気にカタをつけようとしているか。
どちらにしろ、その状況を有利に使えれば、我々の方に分がある。」
「ならば、待ち伏せする大渝の弓隊を、我々の弓隊がさらにその上の岩場から壊滅させれば、、、、、、。
そして、逃げると見せかけて、我々を誘い込んだ大渝の退路を絶ってしまえば、大渝を挟み撃ちに出来る。
だから、赤焔軍とはこの地で、戦さにはならなかったのか。赤焔軍ならば、やってのけそうな戦術だな。」
蒙摯にも、色々、戦術が巡っているのだろう。
そして、赤焔軍を思い出し、しみじみと言う。
一年余りしか、蒙摯は赤焔軍にはいなかったが、それでも赤焔軍の精神は宿っているのだ。
「そう、そして互いに、戦いを長引かせることは避けたいはずだ。この地を決戦の場に選ぶならば、大渝は総力戦をかけてくるかも知れぬ。
もし、そうなったとして、ここでの勝ちをおさめる為に、こちらの戦力をあまり落とさぬ程度の負けで、誘う事も戦術の一つだ。
要は負けた様に見えれば良いのだ。そして、周到な罠に誘い込むのだ。」
梅長蘇は表情一つ変えずに言った。