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梅嶺 参 ───梅嶺ノ谷───

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藺晨が引く馬に揺られ、愚痴も何やら心地が良い。
───何だろう、、安心感だろうか。───
飛流の背中は温かい。
つい、この前は、寒がる飛流を長蘇が、温めてやったのだ。
飛流は、吉さんが用意した、綿の入った上着を着ていた。
長蘇は自分の外套で、飛流の体も隠すように覆った。
自分の腕を飛流の腹部に回して、飛流の背中をぴったりと包んだ。
飛流の温かさをじわじわと感じた。
林殊の時は、自分もこうだったのかも知れない。
真冬に外回りをして、体が冷たくなった義兄達が、やたらと自分にくっつきたがった。
それが嫌で、逃げ回っていた。
───懐かしい、、、。───
急に、疲れと眠気が襲ってくる。
───馬に揺られながら、眠るのが得意だったな、、。
皆からは、落馬するから止めろと言われたが、ただ歩ませるだけの馬上は、眠るには心地よい。
私は、落ちない事にだけ気を付ければ、馬は仲間の馬に付いて行くのだ。
一度も落ちた事など無かった。───



───眠い、、。───

「ん?、、、長蘇??、、、。」
───少しだけ、、、。───

藺晨は、馬を止めて飛流の顔を見た。
「眠った。」
長蘇ではなく、飛流が答えた。
「????眠った??、馬の上でか!!。」
うん、と、飛流は黙って頷いた。
「呆れたな、、、、まぁ、、、、良い。
、、、、飛流、蘇哥哥を落とさずに乗れるか?。」
「うん。」
飛流は頼もしく頷いた。嬉しそうだった。

長蘇が眠ると言っても、熟睡する訳ではないのたが、二人に説明するのも面倒だった。
飛流にぎゅっと掴まり、微動だにせず、規則的に呼吸をする。
誰が見ても、寝ている状態だろう。


「、、、ふふ。」
━━━長蘇は繊細でいて、どこか図太い所があったが、この男は、、、、ふてぶてしいというか、、、。
林殊という男は、こんな男だったのだろうか。
馬に揺られるこの姿は、紛れも無く梅長蘇なのだが、、、。
この梅嶺で、時折顔を見せる長蘇とは違った一面。
その眼差し。
何かを獲る為に、何かを諦めた、梅長蘇では無い。
命を燃やし、立ち向かう英雄なのだ。
周囲の人々が、魅了されぬ理由が無い。
皆、魅了されて、付いて行くのだ。
長蘇の父親も、そんな男だと、老閣主が言っていた。━━━
自分も、この男に魅了されてしまった、そんな一人なのだろうか、一瞬、藺晨の頭を過ぎる。
「いや、違う、私は長蘇の主治医なだけだ。この男に頼まれているだけなのだ、生かしてくれと、、。」
「????、、。」
飛流が不思議そうな顔をして、藺晨を見ていた。
「何でも無い、、、。」
つい、声に出してしまったようだ。

もうすぐ、藺晨と飛流の馬を繋いだ場所にたどり着く。
━━━長蘇は動かさずに、そのまま砦が見える場所まで、飛流と乗って行けば良い。
私が飛流の馬を連れて行こう。━━━

相変わらず同じ姿勢で、長蘇は寝ているようだ。
━━━この、慣れたような寝る姿勢、、、、、。
此奴、、、、林殊は昔からこうなのか??!!。━━━
長蘇の馬の尻を叩いてやったら、どうなるだろう、、、
そんな、悪戯心が顔を出すが、、、。

「飛流、蘇哥哥を振り落としてもいいぞ。」
「しないよ!。落とさない!!。」
飛流が少し怒った様だ。
━━━飛流だから、安心して寝ているのかも知れないな。━━━
長蘇の無防備さに、ムズムズする。
━━━いや、、、止めよう。
怪我をしても、治療をするのは私だ。━━━
炭の在り処も分からぬ梅嶺の砦。
必要な物を探す事すら、大事業だ。


二人のやり取りに、目が覚めてしまったが、なんだか可笑しさも有り、そのまま寝た振りを続けていた。
───私が、居なくなっても、この二人はこのままだろうな。───
そうであって欲しいと願っていた。
手先や足先の感覚は戻って来た。
「ひりゅう、、いくぞ。」
長蘇は頭も起こさずに、こっそりと飛流の耳元に囁いた。
長蘇は手を、飛流の体から鞍に掴み変え、馬の腹を軽く蹴った。
馬は、大して驚きもしないようで、後ろ立ちにもならずに、駆け足になった。
主の心を分かっているのだろう。さすがは、皇太子靖王が寄越した馬だ。
突然走り出し、藺晨は手綱を引っ張られ、何事かも分からずに離してしまった。

「ああ!!!、、」
馬は一度立ち止まり、藺晨の方を向いた。
「主治医殿、飛流の馬を頼むぞ。」
何が起こったか、分からぬ藺晨だったが、長蘇の言葉で理解した。
「!!、やられた!!。どこが病人なのだ、お前は。もう治療してやらぬぞ!。」
「ふふふ、、、、。」
長蘇はまた、馬の腹部を軽く蹴り、馬は二人を乗せて、早足で歩いて行く。


赤焔軍の終焉の地。
梅嶺は、見るのも禍々しいのだと思っていた。
梅嶺は、辛さだけしか無いのだと思っていた。
何故、長蘇が、この地に向かおうとしているのかが、分からなかった。
藺晨が見る限り、思った程、梅嶺に対して抵抗がある訳でも無さそうだった。
ただ、梁の地に、大渝を踏み込ませたくないだけなのか。
皇太子靖王の為か、、梁の民の為か、、、、自分の為か、、、。
もしくは、この地の記憶の苦しさを仕舞い込み、我慢をしているだけなのだろうか。

いずれにしろ、この梅嶺もまた、梅長蘇と林殊の、一つの物語なのかもしれない。


「長蘇────っ!、後で酷いぞ!、覚えておけよ!」


藺晨の大声と、馬の蹄の音が、谷に響き渡っていた。
いくらかすれば、たちまち陽も落ちるだろう。
全てを凍らせ、清浄にするが如き、凍てつく夜がまた始まるのだ。



─────────糸冬─────────