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梅嶺 参 ───梅嶺ノ谷───

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「、、、恐ろしい事だな。」
藺晨の言葉を聞いて、長蘇は複雑な笑みを返す。
━━━生きられるのだ。
きっと、、、、方法はどこかにある。━━━

「飛流、長蘇の前に乗って、馬を扱え。
馬はさばけなくても、飛流に捕まっている位なら出来るだろ?、長蘇。」
長蘇はコクリと頷く。
「砦に近づいたら、一人で乗るんだ、長蘇。
、、、、、それでいいんだろう?。」
「、、そうだ。、、それまでには、、調子が戻る、、、。」
まだ、声に力がなかったが、長蘇の言う通り、砦が近くなる頃には、戻りそうだった。
一人で馬を扱い、威風堂々と砦に帰る、それが大事な事だった。
誰かに手綱を任せて、瀕死の状態で帰っては、帰ってきた長蘇を迎える梁軍の、士気が下がるのだ。
帥として、皇帝から任された者が、病弱では、ならぬのだ。
軍帥が倒れては、兵に要らぬ不安を抱かせる。
いずれ、この地に倒れる事になろうとも、今ではない。
もう少し、、、刻が欲しかった。せめて、梁軍が一つにまとまるまで。もう、一戦二戦を経験し、固く心結ばれるまで、、、。
そうすれば、長蘇には、何も憂いは無くなるのだ。
長蘇が倒れるのが先か、大渝を倒すのが先か。
今はまだ、長蘇がいなくなった梅嶺戦で、梁軍を勝ちに導ける確信が無かった。
どれ程の刻が長蘇に残されているのか、それすら分からない。

藺晨が長蘇の真横に馬を付ける。
飛流は先に乗り、馬上から後ろに乗ろうとする長蘇を引き上げた。
そして、藺晨も長蘇を手伝う。
━━━、、、思った以上に軽い、、。
この体で、砦を奪還したのだ、この男、、、、。
戦場で、この男が後ろに居るだけで、皆は安心するのだろう。
そういうものななのか?、戦さとは。
この男が、扇の要なのだ、、、、。━━━
急に、梅長蘇という男の、命を繋ぐ事の重大さに気が付いた。
要が無くなれば、今の梁軍は瓦解する。
蒙摯だけでは、成せぬ勝利なのだ。

「おい長蘇、梁軍は欺けても、大渝に今の姿を見せても良いのか?。
どこかで、大渝の斥候が見ているかも知れぬぞ。」
藺晨は二人の乗った馬を引きながら、長蘇の顔色を見る。
大分長蘇の体は、落ち着いてきている。これならば、この谷を去る頃には、馬も扱えそうだった。
「、、むしろ良い。、、病弱な軍帥と、、知れば、大渝は油断するだろう。
戦況が、、有利に、動いていく、、かも知れぬ、、。」
━━━そういうものなのか?、戦とは。騙し合いなのか?。━━━
藺晨は、戦さというものは、もっとずっと、正々堂々と戦い、勝利しているのだと思っていた。
真っ向勝負して、勝つことが尊いのだと、思っていたのだ。
だが、そうではない。
勝たねば、大切な者は守れぬのだ。
夜襲、騙し討ち、避難されるような戦法でも、立派な作戦。
見抜けぬ方が負けるのだ。

━━━深い渓谷に掛かった、細い吊り橋でも渡っているようだ。━━━
長く細い吊り橋を渡り切るために、長蘇は全神経を研ぎ澄ませている。
目に入る物、情報の全て、そしてその裏側まで、何一つ見落としが無いように。
常に何かを巡らせている。
江左盟の宗主としての梅長蘇は、良く知っている。
何か、煩わしい事はあっただろうが、どこかお気楽さがあった。
金陵に戻る辺りは、鬼気迫るものもありはしたが、ここまでの緊迫感は無かったのだ。
軍帥としての緊張感、そのせいなのだろう、藺晨は時折、長蘇に話しかけるのが、はばかられる瞬間がある。
藺晨は、長蘇のそのような気苦労を、止めさせたいと思っていた。
責任を負うべき筋の者に、分担させれば良いと思っていた。
だが、実際の長蘇を見ていて、長蘇が取り越し苦労で、思考を巡らせているのでは無いという事を理解した。
誰かが統括して行わねば、勝利に届かぬ。
それが、軍帥 梅長蘇の役目なのだ。
いや、梅長蘇ではなく、林殊なのかも知れない。
林殊もまた、この様な男だったのだろう。
百戦錬磨だったと言う。
藺晨の父親の生涯の友だと言う、林殊の父親、林燮。
七万の赤焔軍の主帥だったという。
その血を引き継ぐ林殊、梅長蘇。
体の何処も彼処も思わしく無いのに、何故、梅長蘇がこの梅嶺で、この様な苦労を背負い込まねばならぬのか。
もしも、復讐なぞ、早々に諦め、廊州で安穏と暮らしていたならば、もっと生きられ、幸せな時間も多かったのではないか、、幾度も頭をよぎる。
だが、当の長蘇がそれを望んでいないのだ。
何も今、戦いが起こらねば、長蘇も命を縮めることもなく、、、神はなんと無情なのだろうか、、、。
しかし、長蘇にとっては、梅嶺で朽ちることは、何よりの喜びのようなのだ。
根っからの武人。
これは、梁の政を正した長蘇への、褒美なのだろうか。
良く良く状況を見ても、梁には梅長蘇の他に、この梅嶺戦を主導できる者はいないのだ。
それが分かっていて、自分以外は出来ぬ事と、買って出たのだろうか。
仕方ないと諦めたのか。
それとも、、、、嬉しかったのか、、、。
━━━何が良くて、こんな貧乏くじを好んで引くのだ、、、。━━━
「、、、、変態め、、。」
つい、藺晨の口からこぼれてしまう。
「、、何?、、、何か言ったか?。」

「何も言ってないぞ、空耳だろう?。」
「空耳だと?、、、、変人が、、、。」

「、、聞こえてるじゃないか、、地獄耳め。」



「いいか、半刻だけだぞ。少しでも過ぎたら、梅嶺から連れて帰るぞ。、、、まったく、、手のかかる患者だ。どこが良い患者だ。
飛流!、蘇哥哥は、医者の指示に従わぬ、悪い患者だぞ。」

「、、、、、はい、主治医殿。」
梅長蘇は、神妙に答えた。
「蘇哥哥は良い患者。」
飛流が得意そうに藺晨に言う。
「ぁあ??。」
「蘇哥哥は、『はい』って聞くよ。」
「、、、、ぷっ。」
たまらずに長蘇が笑いだした。
ここまでの長蘇と藺晨の主張は帳消しにして、今のやり取りだけ聞いて、飛流は言ったのだ。
本当は、藺晨が長蘇に譲歩したのだ。
「良く、、、分かっているな、飛流は。」
長蘇は、飛流の頭を撫でる。
飛流は得意満面だ。

「まったく、、、付き合いきれん。
飛流、蘇哥哥の話が、半刻以上にならぬ様に、時間を測っておけよ。」
「うん。」
飛流は、嬉しそうに返事をする
「、、、、いや、、、飛流ではダメだ。お前らは結託するからな。
なんて面倒な、、。私が見ておらねばならぬのか。」

「私だってな、暇ではないのだぞ。持ってきた薬剤を整理せねばならぬし、、、お前の主治医だと言うのに、診てくれとせがまれるのだ
、、、。珍しい症状だから、つい、診てしまったが、、。」

「そいつ一人、診るだけのつもりだったのに、ひっきり無しに来るのだアイツらは、、、、ゾロゾロゾロゾロと、、。軍医も居るのに。
軍医に診てもらえ。」

「それに、なんなんだ、あの砦の構造は。使いづらい!!。
合理的に出来てない!!。炭一つ手に入れるのに、何だってあんなに遠回りせねばならんのだ。炭を頼んだ兵士が帰ってこなくて、結局私が探しに行く羽目になったのだ。」

───複雑にしておかねば、あっという間に陥落するだろう。
逃げる間もなくなる。、、、あちこち抜け道はあるんだが、藺晨はまだ知らぬのだな。ふふ。───
藺晨は、長蘇と飛流が乗った馬を引きながら、愚痴っている。