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【弱ペダ】ヒタルヨル

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好きだって気がついたら、もう止められなかったんだ。
 それまでだって、ずっと好きだと思ってた。カッコイイって。尊敬する先輩だって。それは変わってない。巻島さんはカッコイイ。凄く凄く、もう、この上なく尊敬してる。あ、いや他の先輩たちや僕なんかよりもずっと凄い今泉君や鳴子くん、杉元くんを尊敬してないわけじゃない。だけど、巻島さんは別格なんだ。
 そう気づいた後の僕は、ヒドイことになっている。情けないけど、正直目も当てられない。
 巻島さんを見かけるだけで動悸が激しくなる。
 話しかけられようものなら、心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらい踊り出す。息切れが激しくなって、汗も掻き始める。
 自転車に乗って練習したり、一緒に走っている間は平気なのに。
 一旦降りてしまうと、緊張で身体が動かなくなって、呂律も回らなくなって何を喋っているのか判らなくなる。
「ゆっくりでいいショ」
 その度に、巻島さんは僕の頭にポン、と優しく手を置いてくれて、笑いながらそう言ってくれる。それすらも嬉しくて申し訳なくて、余計に汗を掻いて、心臓がばくんばくんと激しく音を立てる。
 それだけでも大変なのに、僕ってば思わず告白してしまった。
 すごく驚いた顔をしていたけれど、巻島さんはそれでも優しく答えてくれた。それだけじゃない。ちゃんとお付き合いすることになった。
 この僕が!
 好きな人どころか、付き合うどころか。友達すらいなかった僕が。とても信じられない。
 返事を貰った日の夜は、嬉しくて、舞い上がって眠れなくなるくらいだった。いや、むしろ夢でも見てるんじゃないかと疑って何度も頬を抓っては痣を作って皆に心配されるほどだった。
 そして「恋人とのお付き合い」なんてまるで判らない僕は、これまたどうしていいか判らずに、ただただ舞い上がるほどの幸せと不安に浸されて、巻島に会うだけで心臓がドキドキしたり、汗を山のようにかいたり、しどろもどろになる日々を送ることになっている。

「よォ、坂道」
 巻島さんの声がする。その度に心臓がどきん、と踊り始めるから困る。名前一つ呼ばれるだけで、こんなことになるなんて。
「巻島さん」
 座り込んでいた床から顔を上げて、声の主を見る。僕はいまどんな顔をして、この人を見ているだろう。
 人気のない屋上で待ち合わせて、昼ごはんを一緒に食べる。それがここしばらくの二人の日課だ。鳴子くんが「なんや、小野田くん! 今日も昼メシ一緒に食われへんのかいな」とちょっと寂しそうに言っていたのを思い出して、少しばかり心に罪悪感が芽生える。
 友達のいなかった僕に出来た、初めての友達。初めての、大事だと心から言える仲間。
 そんな存在を放っておいて、好きな人と一緒に居ることを取るなんて。
 本当にマンガやアニメみたいなことしてる……。この僕が……。話の流れで読むことはあっても、随分縁遠い世界の話だと思っていたのに。
 そう思うと自分がいけないことをしているようで、困惑してしまう。
「坂道?」
「ふぇ? え? あっ! ハイ!」
 物思いに沈んでいた坂道の顔を、巻島が覗き込んでいることに気付いて、心臓が一つ大仰なほどに飛び跳ねた。
「どうした?」
「あっ……、いえ! 何でもないです! ちょっと、ボーっとしちゃって……。あっ! 折角巻島さんと一緒にいるのに、呆けてるなんて、なにやってんだって話ですよねっ。いや、あの、まだ自分でもこの状況を信じられないって言うか。あっ、巻島さんを信じてないってワケじゃなくて! 僕、急に色んなことが起こりすぎてて、ビックリしてるっていうか」
 どアップの巻島の顔にドギマギしながら、言い訳をする。我ながらとんでもない慌てようだ。言い訳と言うより、墓穴を掘るというか、言えば言うほど、ミスを大きくするタイプだ。自分でも判っているのだが、誤解をどうしても解きたい、と言う気持ちで一杯で、走り始めたら止められない暴走機関車状態になってしまう。
「ならいいッショ」
 ぽふん、と巻島が坂道の頭に優しく手を置いて、微笑んでくれた。すう、と慌てた気持ちが落ち着く一方で、巻島の片方だけ口端をちょっと上げた笑い顔に、またしても心臓が跳ねる。好きな人と一緒に居ることでこんなに気持ちが忙しくなるなんて。
「食うか」
「ハイ」
 坂道はビニール袋から取り出した調理パンの袋を開けて、一口齧る。母の弁当を持って来る時もあるが、今日は登校の途中で寄ったコンビニで買ったパンだ。流石にまだそうたくさんは食べられないが、最近は食事の量が随分増えた。頬張ったパンを咀嚼しながら、坂道は隣を伺う。
 巻島は今日は購買のパンを買ったらしい。コンビニ弁当や、コンビニで売っている調理パンの時もある。購買のパンはコンビニのそれよりも具材の手作り感が強い。例えばコロッケパンや焼きそばパン、サンドイッチなどはコンビニのものよりも、ばらつきやムラ、具材そのままの凸凹感があるような気がする。それが人気の理由なのか、昼時には大変な混雑で買うのにも一苦労だ。
 当の巻島はメンチバーガーを豪快に齧り取り、頭上に広がる青空をぼんやりと見るでもなく咀嚼していた。その横顔に坂道はパンを食べるのも忘れて、思わず見とれる。優しく通り過ぎていく微風に気持ちよさそうに目を細める姿すら、なんだか坂道の胸を思わずきゅうと締め上げてくる。
 やっぱりカッコイイ。
 そう思った途端、その声が聞こえたように巻島がぎょっとした顔をして、次の瞬間見る間に顔を赤くした。あれ?
「あ、ああああああ、あの! 僕……、その、今……、ひょっとして喋ってました?」
「……ああ」
 坂道が焦って聞けば、巻島が困ったように片手で顔を覆う。その指の間から覗く顔が、真っ赤だった。
「す、すいません! 勝手に口が動いてしまって……。って、勝手に動いたって言ってもですね、本当に思ってたからなんですけど。あっ! いやその……っ、言えばいいって問題じゃないですよね……っ。でも、本当に、真実、まごうことなく、カッコイイです!」
 坂道が言い募るのを、巻島がふっと笑って頭をくしゃくしゃと撫でる。
「まきしまさん……」
 坂道が見上げると、巻島が困ったようにあらぬ方を見ながら、口元をぽりぽりと掻いていた。そんなに困らせたかな、と申し訳なく思って俯きそうになる。と、坂道の頭を撫でたままだった手が後頭部に回り、顎が持ち上げられて口を塞がれていた。目の前一杯に巻島の顔があった。
 あ、巻島さんの髪、日に透けて綺麗だな。睫毛長いんだ。
 ぼんやりと目の前の顔を眺める。好きな人の顔がこんなに近くにある。そんなことを思っていたら、はむ、と唇が甘噛みされた。そこで、やっと気が付く。
 僕ってば……、き……、キス……! キスしちゃってる!
 途端に、どうしていいのか判らず、身体が強張る。
 キス! 巻島さんが……! 僕に!
 そんな緊張が伝わったのか、巻島が坂道の唇をからかうように弄んできたと思うと、深いキスに変わる。初めてのそれは、苦しくて、それでも切なくて、それでもどうしたら良いのか判らなくて、坂道は巻島のシャツの裾を縋るように掴んだ。
作品名:【弱ペダ】ヒタルヨル 作家名:せんり