嘘の楽園【後編】
「アムロ、ハロはサイコミュで君と繋がっているんだったな」
その言葉に、アムロの顔が真っ赤に染まる。
「ちっ違う!」
「ハロは…君の心に反応したんだろう?つまりそれは、君の本心ではないか?」
真っ赤になりながらも顔を伏せるアムロを抱き起こし、顎を掴んで顔を上げさせる。
「は、離せ!」
「アムロ、素直に答えたまえ」
「違う!」
それでも必死に否定をするアムロの顔をグッと引き寄せる。
「アムロ…」
「本当に違うから!」
シャアは小さく溜め息を吐くと、自身の唇をアムロのそれに重ねる。
「ん!?」
突然のキスに、アムロが動揺して一瞬固まる。
そして、我に返って必死に引き剥がそうとするが、自由の効かない身体ではそれもままならず、更に力を込めて抱きしめてくるシャアのなされるままになってしまう。
「ん!んんんん」
長い長い口付けの後、シャアがギュッとアムロを抱き締める。
「すまないが、やはり君を手放す事は出来ない。たとえ何度手を振り払われようとも、君を私のものにする」
「シャ…シャア…!?」
「アムロ、私はもう自分の心に嘘をつくのはやめる。欲しいものは欲しい。やりたい事はやる。自分の力で全てを手に入れてみせる。だから君も心を偽るな」
真っ直ぐと見つめてくるシャアのスカイブルーの瞳に捕らえられ、アムロは身動きが出来なくなる。
そして、とうとうその意志の強さに根負けする。
「我儘だなぁ」
「それがどうした」
「開き直るなよ」
「それで?私と共に来てくれるか?」
「嫌だって言っても連れて行くんだろ?」
「まぁな」
「それじゃ聞くなよ」
「一応君の意思も尊重したい」
「よく言うよ」
「アムロ、返事を」
「……」
「アムロ!」
「…分かったよ…、でも大丈夫なのか?俺なんか行ったらマズイだろう?」
「それは私の方で何とか致します」
突然横からナナイが答える。
「ナナイ大尉!?」
「大佐が変わったと言うのなら…変えたのは貴方でしょう?アムロ・レイ。貴方には責任を持って大佐の面倒を見てもらいます」
「え?でも貴女コイツの恋び…」
「過去の事です」
きっぱりと言い切るナナイに、アムロのみならず、シャアも驚く。そして、ふっと笑みを浮かべナナイを見つめる。
「ありがとう…ナナイ」
「アムロさん、俺も一緒に行きます」
「カミーユ!?」
「今回、ニュータイプ研究所の動向に気づいていたのに、アムロさんを守る事が出来ませんでした。次こそは守ってみせます!それにまだアムロさんには介助が必要です。リハビリだってしなきゃならない。医師としても付き添います。それでいいですか?セイラさん」
カミーユはセイラを振り返り確認を取る。
セイラはそれに大きな溜め息を吐くと、渋々ながらも頷く。
「仕方ないわね…アムロに一人でホンコンシティに行かれるよりはマシだわ。兄さんに預けるのは本当に不本意だけれど」
「アルテイシア…」
「兄さん、分かっていて?アムロを悲しませるような事をしたら今度こそ許さなくてよ?」
「スウィート・ウォーターまで引っ叩きに来そうだな」
「あら、よく分かっているわね」
「セイラさん、大尉が馬鹿な真似したら俺が代わりに修正しますよ!」
カミーユが拳を突き出してシャアを睨みつける。
「また君に殴られるのは勘弁してもらいたいな。君、空手の有段者だろう?」
「殴られる事しなきゃいいんですよ」
そんな二人に、アムロが噴き出す。
「相変わらず仲が良いね」
「「はぁ!?」」
二人同時に叫ぶ。
「ほら、息もピッタリ」
「勘弁してください!アムロさん」
「ははは、本当に…」
笑うアムロの瞳から、突然ポロポロと涙が零れ落ちる。
「アムロさん!?」
「あれ?何で…」
止まらぬ涙にアムロ自身が驚く。
「ホッとしたんでしょう?貴方ずっと…兄さんといつか離れてしまう事に怯えていたから…」
「セイラさん!?」
「気付いていたわ。貴方たち二人がそれぞれ思い悩んでいた事は…」
セイラはそっとアムロの涙を拭い、頬にキスを送る。
「もう心を偽らないで…貴方の思うままに生きてちょうだい」
耳元とで囁くセイラの言葉に、アムロは目を見開く。
「セイラさん?」
「私も貴方が大好きよ。貴方には幸せになって貰いたいわ。だから兄の所が嫌になったらいつでも帰って来てちょうだい。待っているから」
「アルテイシア!」
セイラの言葉に顔を真っ赤にするアムロを見てシャアが叫ぶ。
シャアと似た容貌のセイラはアムロの好みにピッタリと当てはまる。
そんなセイラにあんな事を言われてグラつかない訳がない。
シャアはアムロの背中と膝裏に手を入れると、アムロを抱きかかえてセイラから引き剥がす。
「アルテイシア!例えお前でもアムロは渡せん!」
「シャア!?」
突然抱き上げられ、落ちないようにアムロが焦ってしがみつく。
「ふふふ、もうお行きなさいな。後の事は私の任せて」
「セイラさん…本当にありがとうございます」
「アルテイシア、すまない迷惑を掛ける」
「カミーユ、二人の事頼んだわよ」
「はい、任せて下さい」
そうして三人はナナイと共にセイラの元を去って行った。
セイラはアムロとシャアが病院にいた痕跡を全て消し、ニュータイプ研究所の追及も全て跳ね除けた。
翌日、セイラはアムロ達が暮らしていた家を訪れた。
リビングのソファに座り、ぐるりと部屋を見回す。
「ここも処分しなくてはね」
そして目を閉じ心を研ぎ澄ます。
すると、アムロとシャアの優しい気配が周囲を取り囲む。互いに慈しみ、求め合う心。
そして、ままならない想い…。
それは二人の残像。
「ふふふ、互いに想いを口に出来なくても…二人にとってここは愛する人と共にいられる秘密の楽園だったのかしら…」
互いの過去としがらみを捨て、ただの人間として向き合った…。
そして、兄は初めて人間らしい生き方を知った。
「アムロのお陰ね」
セイラは立ち上がると、クスリと微笑む。
「やっぱりここは…このままにしておこうかしら…」
ここは兄が人間に生まれ変わった場所。
二人がただの人としていられた楽園。
そしてセイラは扉を閉じる。
二人が互いを想い、心を偽りながらも求めあった楽園の扉を…。
end
2018.6.9