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テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌

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 誰かが話す声がする。少し遠くて、何を言っているのかまではわからない。視界を遮っていた瞼が震え、何度か瞬くと見知った天井がまず目に入った。ぼそぼそと届いていた会話は意識すればするほど聞こえなくなっていく。首をめぐらせ、今自分がファブレ侯爵邸の自室のベッドに横たわっていることを知った。
「ご主人様!」
 ルークが目を覚ましたことに気づき、ミュウが脇に置かれた椅子からベッドに飛び乗ってくる。
「ご主人様!平気ですの?どこか痛いところはないですの?」
「ュ、ウ…」
 心配そうに顔を覗き込むミュウの名前を呼ぶが声は掠れ、上手く呼んでやれなかった。咳払いをして改めて問いかける。
「ミュウ、俺は…?」
 ミュウは眉を八の字に下げて今にも泣きだしそうな顔をしながら答える。
「ご主人様、倒れている所をガイさん達が見つけてくれて、連れて帰ってきてもらったんですの!ご主人様、あれからずっと眠ってたですの…すごくすごく心配したんですの!」
「ずっと…」
 それがどのくらいなのか聞こうとしたがミュウは「お医者様を呼んできますの!」と言って部屋を出ていってしまった。
 昔の夢を見ていた気がする。まだ頭はぼんやりとしているが、体を動かしてみる。長く眠っていたから固まった節々が痛みはするものの、怪我などはなさそうだ。次第に、意識を失う直前の記憶が蘇ってくる。
 空と鳥。顔が見えない人影と、大切な人達の姿。
「…ティア…ナタリア…!」
 ふたりの名前を呼んで飛び起きる。急な頭位の変化で軽い頭痛に襲われる。咄嗟に左手で頭を押さえる。そして、気付いた。自分の手のひらを見つめ、胸元を探り、また頭を抱える。
「…どういうことだ…!?」
 口から出て、耳に届いた声にまた戸惑う。記憶の整理が着く前にパタパタと足音がして、部屋の扉がノックされた。返事をする前にミュウが半開きにしていった扉が動き、その向こうから主治医が顔を見せる。
「ルーク様、お目覚めですか」
 主治医はルークの顔を見ては幾分表情を和らげると「失礼します」と言って触診に入る。
「ルーク…!」
 扉から母シュザンヌやメイド達が次々に入ってくる。
「母上…」
「よかった、意識が戻ったのですね…!」
 飛びつくようにベッドに駆け寄るシュザンヌ。また貴方に何かあったらと思うと…と涙ぐむ母の肩をメイドが支える。
「俺はどのくらい眠っていたんですか?」
「三日です」
 主治医が答え、その後に大丈夫そうですね、と続けた。脈を取っていた主治医の手が離れる。
「三日…」
 なんだか不思議な感覚だった。三日も眠っていたのか。いや、たった三日とも思う。もっともっと、永遠に続くかのような永い眠りの中からようやく目醒めたのだと感じたのに。
 気配を感じ、自分の手から扉へ視線を移すとそこにはミュウを抱き抱えたティアが立っていた。
「ティア!」
 無事だったのか、と心底ほっとする。ルークの呼びかけで部屋の中のシュザンヌもティアのことに気付き、手招いて入室を促した。ティアはひとつ頭を下げて扉をくぐる。しかしその足は扉のすぐ横で止まってしまい、何も言わない。ルークもまた、かける言葉が見つからず彼女から目を逸らしてしまった。
 ふたりの顔を交互に見やってシュザンヌが口を開く。
「食事を準備しましょう。ルーク、何か食べたいものはありますか?」
 言われて、空腹を感じることに気付く。食べものを思い浮かべているとそれに反応するように腹が鳴った。
「まあ」
「元気な証拠です」
 シュザンヌが笑い、主治医は「病み上がりですから消化に良いものにしておきましょうね」と釘をさした。肉が食べたいと言うつもりだったが要求は通りそうにない。
「では私はこれで。暫く王宮に控えていますので、何かあればいつでも呼んでください」
「ありがとうございます、先生」
 主治医が部屋を出ていくのを、場の全員が頭を下げて見送る。
「ルーク、食事は部屋に運ばせますから待っていてくださいね」
 シュザンヌもメイドと共に歩き出す。扉のそばに立つティアに何事か言って、部屋を出た。
 ティアとルーク、そしてミュウだけが部屋に残された。何からどう切り出すべきか悩んでいると、ティアがベッドに近寄ってきた。そのままベッド脇の椅子に腰掛け、ミュウを膝に抱える。
「…無事で、よかった」
「こっちのセリフよ」
 馬鹿、と小さく聞こえた。少しムッとしたが、それと同じくらい嬉しくも感じていた。
「ナタリアはどうなった、無事なのか?」
「ええ。彼女も私たちと一緒に見つけられて帰ってきているわ。ただ…」
「ただ?」
 言い淀むティア。彼女は俯き気味で、視線は合わない。ミュウの頭を撫でる手がルークの目を引き寄せる。
「まだ、目を覚まさないの」
 あなただけでも戻ってくれて良かった、と言うティアの声は最後、少し震えて聞こえた。
「…そっか」
「驚かないのね?」
「俺もさっきまで眠ってたしな。ナタリアだって、そろそろ起きるかもしれないだろ?」
「…そうね」
 あなたの言う通りだわ、とティアが少し笑った。それを見て、ルークも微笑む。ティアの目の下には薄ら隈が出ていた。ティアのことだ、きっとこの3日間ルークとナタリアの意識が戻らないことを自分の責任だと気に病んで過ごしていたのだろう。
「悪かった、色々」
「どうして謝るの?」
「守るつもりだったのに結局迷惑かけた。…心配もかけたみたいだし」
「…そんなこと」
 ない、とは言わなかった。ミュウの頭を撫でていた手を止めて、ぎゅっと抱きしめる。
「…したわ。すごく心配した。このまま、またあなたを失ったらと思うと…本当に、本当に怖かった」
 ティアの腕の中のミュウも、みゅぅ…と小さく鳴いた。
「本当に、良かった…」
 ミュウの頭に顔を埋めるティアが泣いているように見えて、思わず手を伸ばす。慰めるように、そっと髪に触れるとティアが顔をあげた。その目は少しだけ濡れて、揺れていた。
「…ルーク?」
 その時、この声に名前を呼ばれるのが随分久しぶりであることに気付いた。胸がどくんと音を立てる。
「…ティア、俺」
 ティアから手を離して、膝の上で拳を握る。自分の手を数秒見つめて、再びティアとミュウの方を見る。彼女たちは先ほどと変わらず、じっとルークのことを見つめ、ルークが告げる言葉の続きを待っている。意を決して息を吸い、口を開く。
「ルークなんだ」
 ティアとミュウは、言葉の意味を理解しようと瞬きを繰り返す。言葉が足りなかったと、更に重ねる。
「俺、もうアッシュじゃない。…レプリカの方の、ルークなんだ」
 ティアの青い瞳が、大きく見開かれた。