Blue Eyes【前編】
Blue Eyes
北米の地球連邦軍シャイアン基地に程近い森の中、その屋敷はまるで世間から隠される様に存在していた。
広大な庭園に囲まれ、小型機用の滑走路も完備した豪邸。
おそらく元々は軍上層部の人間の持ち物だったのだろう。セキュリティも完璧で、外部からの侵入も容易では無かった。
そう、その屋敷のセキュリティは異常な程厳重だった。それだけに、シャアはそこに“彼”が居ると確信した。
少数の精鋭と共にその屋敷へと潜入し、目的の人物を探す。
何年も探し続けたニュータイプの少年。
彼は、そこに幽閉されていた。
数年ぶりに会った彼は、幼さの残る少年から二十歳の青年へとその姿を成長させていた。
しかし、その瞳や表情は出会った当時よりも更に幼いものへと変わっているように見える。
「どういう事だ?」
執事と言う名の監視員に銃口を向けてシャアが問いただす。
「く、詳しいことは知らない!ただ、実験の最中に心臓が止まって…蘇生に時間が掛かった為に脳に損傷が残ったと…」
銃を持った男達に囲まれているにも関わらず、青年…アムロ・レイは特に感情を乱す事なく中心にいる金の髪の男を見つめる。
そして、そんな状況にも関わらず、にっこりと微笑んだのだ。
その異常な光景に、その場にいた者たちが言葉を失う。かつて、「連邦の白い悪魔」と言われた凄腕のパイロット。ある者にとっては仇とも思えるその青年には、当時の戦士としての面影は欠片も無く。ただそこに“居た”。
シャアはその執事から知っている情報を全て聞き出すと、表情も変えずに男の頭に銃弾を撃ち込んだ。
そして、その現場を目の当たりにしても何の感慨も見せないアムロに手を伸ばす。
「私が分かるか?」
頬に手を触れて問い掛けるが、何を言っているか分からないと言った表情で、ただこちらを見上げてくる。
そんなアムロにシャアは小さく溜め息を漏らす。
「分からないか…」
思わず漏れた声に、首を傾げながらもアムロは屈託のない笑顔を浮かべてシャアを見上げる。そして、自身の頬に触れるシャアの手にそっと自身の手を重ねた。
その手は酷く痩せ細り、袖から見えた腕にはいくつもの注射痕があった。
紫色に変色したその痕にシャアは眉をひそめる。
『連邦にとって、ニュータイプと言う存在は脅威でしか無いのだろう。人類が宇宙で生きる為に進化した存在。それは地球に残る人々の未来を危うくさせる…』
「大佐…どうしますか?」
部下の問いにシャアはアムロを見つめる。
そして小さく息を吐くとアムロの腕を掴んだ。
「連れて行く。撤収するぞ!」
「はっ!」
部下達は戸惑いつつも敬礼し、シャアの指示に従う。
そして、アムロ・レイはシャアによって連れ去られたのだ。
しかし、その事実は連邦軍によって隠蔽され、今現在もアムロ・レイ大尉はシャイアン基地に配属という扱いのまま行方不明となっていた。
◇◇◇
ーーーそれから三年。地球連邦軍はティターンズとエゥーゴ別れ内紛へと突入した。
「カイか?久しぶりだな」
アーガマのブライトの元にカイ・シデンから定期連絡が入った。
一年戦争後、散り散りとなったホワイトベースのクルー達は軍の監視下に置かれ、なかなか連絡を取り合う事も出来なかったが、早々に退役してジャーナリストとなったカイとは定期的に連絡を取っていた。
ブライトは勤務時間外と言う事もあり、制服の襟を緩めて士官用のフリールームで軍の不味いコーヒーを啜りながら携帯端末でカイと会話をする。
「あれからどうだ?何か情報は手に入ったか?」
〈ああ、その事で連絡した〉
「何か分かったのか!?」
ブライトは手にしたコーヒーをテーブルに叩きつける様に置くと、端末を食い入る様に見つめる。
〈結論から言う。あいつは未だに行方不明のままだ〉
カイの言葉にブライトは肩を落とす。
「…そうか…」
〈だが、数年前までシャイアン基地のすぐ近くにある屋敷に幽閉されていた事が分かった〉
「幽閉だと!?」
〈ああ、はっきりアイツかどうかは分からないが、そこに下働きに入っていた人間の話を聞く限り、アイツで間違いないだろう。そこに二年程居たそうだ〉
「二年程?今は?」
〈二、三年前に屋敷が何者かの襲撃に遭って…それ以降アイツの行方はぷっつりと途切れた〉
「その時殺された訳では…ないのか?」
〈死体は発見されて居ない。他の執事や監視員の死体はあったがアイツのは無かったそうだ〉
「そ…そうか…」
〈生きている可能性はある…〉
「そうだな…」
ブライトは両手で顔を覆い、重い溜め息を漏らす。
〈ブライト?〉
「情けないな…俺は…結局アイツを守る事が出来なかった…」
〈戦後、アイツを退役させる為に色々頑張ってたじゃねえか。一士官にどうこう出来る問題じゃ無かった。そんなに自分を責めるな〉
「しかし…セイラから戦時中もジャブローで実験的な事をされていたと聞いていた…。戦後アイツがどんな扱いを受けてたかと思うとな…」
〈とりあえず、このまま調査を続ける。それからティターンズ の新基地についてのデータを送っておいた。確認してくれ。また近いうちに連絡を入れる〉
「ああ、いつもすまんな。よろしく頼む」
〈じゃあな〉
ブライトは携帯端末を閉じると小さく溜め息を吐く。その瞬間、不意に人の気配を感じた。
驚いて振り向くと、そこには濃い色のスクリーングラスで顔を隠したクワトロ・バジーナ大尉が立っていた。
「た、大尉!?」
「ああ、艦長、ここに居ましたか。ブレックス准将がお呼びです」
「あ、ああ。すまない」
そのまま背を向けて去って行こうとするクワトロを思わず呼び止める。
「クワトロ大尉」
「何か?艦長」
「いや、もしかしたら待たせてしまっていたかと…」
『今の会話を聞かれたか…?』
アイツの事をこの男に聞かれるのは少し不味い気がした。
「いや、今来たところだ」
「そうですか…。それなら良かった」
「准将は艦橋に居ます。お急ぎを」
「ああ、すまない。ありがとう」
艦橋に向かうブライトを見送り、クワトロは不敵な笑みを浮かべる。
「カイ・シデン…ようやくそこまで辿り着いたか…」
◇◇◇
ブレックス准将、ヘンケン中佐カミーユと共に月のフォンブラウン市に降り立ったクワトロは、一旦三人とは別れ、とあるビルへと向かった。そしてその後ろを、カミーユが追いかける。
「クワトロ大尉…一体どこへ?准将達と別行動をするなんて…」
“ただの好奇心”それだけだった。
カミーユは前を歩くクワトロを付かず離れず追っていく。
クワトロはカミーユに気付きつつも足を進める。
『全く、これだから子供は…』
カミーユに気付いている事を悟られぬ様に落ち着いた歩調で歩き、次の角を曲がると、そのまま身を隠す。
慌てたカミーユが追いかけたが、既にクワトロの姿は無かった。
「チッ、あの人俺に気付いてたな!」
クワトロは目的のビルへと入ると、コンシェルジュから伝言を受け取り自身の部屋へと向かう。
そして、扉を開けた瞬間、中にいた青年が抱きついてきた。
「大佐!」
赤茶色の癖毛に、琥珀色の瞳を輝かせてクワトロに嬉しそうにしがみつくのは、かつて“連邦の白い悪魔”と呼ばれたパイロット、アムロ・レイだった。
北米の地球連邦軍シャイアン基地に程近い森の中、その屋敷はまるで世間から隠される様に存在していた。
広大な庭園に囲まれ、小型機用の滑走路も完備した豪邸。
おそらく元々は軍上層部の人間の持ち物だったのだろう。セキュリティも完璧で、外部からの侵入も容易では無かった。
そう、その屋敷のセキュリティは異常な程厳重だった。それだけに、シャアはそこに“彼”が居ると確信した。
少数の精鋭と共にその屋敷へと潜入し、目的の人物を探す。
何年も探し続けたニュータイプの少年。
彼は、そこに幽閉されていた。
数年ぶりに会った彼は、幼さの残る少年から二十歳の青年へとその姿を成長させていた。
しかし、その瞳や表情は出会った当時よりも更に幼いものへと変わっているように見える。
「どういう事だ?」
執事と言う名の監視員に銃口を向けてシャアが問いただす。
「く、詳しいことは知らない!ただ、実験の最中に心臓が止まって…蘇生に時間が掛かった為に脳に損傷が残ったと…」
銃を持った男達に囲まれているにも関わらず、青年…アムロ・レイは特に感情を乱す事なく中心にいる金の髪の男を見つめる。
そして、そんな状況にも関わらず、にっこりと微笑んだのだ。
その異常な光景に、その場にいた者たちが言葉を失う。かつて、「連邦の白い悪魔」と言われた凄腕のパイロット。ある者にとっては仇とも思えるその青年には、当時の戦士としての面影は欠片も無く。ただそこに“居た”。
シャアはその執事から知っている情報を全て聞き出すと、表情も変えずに男の頭に銃弾を撃ち込んだ。
そして、その現場を目の当たりにしても何の感慨も見せないアムロに手を伸ばす。
「私が分かるか?」
頬に手を触れて問い掛けるが、何を言っているか分からないと言った表情で、ただこちらを見上げてくる。
そんなアムロにシャアは小さく溜め息を漏らす。
「分からないか…」
思わず漏れた声に、首を傾げながらもアムロは屈託のない笑顔を浮かべてシャアを見上げる。そして、自身の頬に触れるシャアの手にそっと自身の手を重ねた。
その手は酷く痩せ細り、袖から見えた腕にはいくつもの注射痕があった。
紫色に変色したその痕にシャアは眉をひそめる。
『連邦にとって、ニュータイプと言う存在は脅威でしか無いのだろう。人類が宇宙で生きる為に進化した存在。それは地球に残る人々の未来を危うくさせる…』
「大佐…どうしますか?」
部下の問いにシャアはアムロを見つめる。
そして小さく息を吐くとアムロの腕を掴んだ。
「連れて行く。撤収するぞ!」
「はっ!」
部下達は戸惑いつつも敬礼し、シャアの指示に従う。
そして、アムロ・レイはシャアによって連れ去られたのだ。
しかし、その事実は連邦軍によって隠蔽され、今現在もアムロ・レイ大尉はシャイアン基地に配属という扱いのまま行方不明となっていた。
◇◇◇
ーーーそれから三年。地球連邦軍はティターンズとエゥーゴ別れ内紛へと突入した。
「カイか?久しぶりだな」
アーガマのブライトの元にカイ・シデンから定期連絡が入った。
一年戦争後、散り散りとなったホワイトベースのクルー達は軍の監視下に置かれ、なかなか連絡を取り合う事も出来なかったが、早々に退役してジャーナリストとなったカイとは定期的に連絡を取っていた。
ブライトは勤務時間外と言う事もあり、制服の襟を緩めて士官用のフリールームで軍の不味いコーヒーを啜りながら携帯端末でカイと会話をする。
「あれからどうだ?何か情報は手に入ったか?」
〈ああ、その事で連絡した〉
「何か分かったのか!?」
ブライトは手にしたコーヒーをテーブルに叩きつける様に置くと、端末を食い入る様に見つめる。
〈結論から言う。あいつは未だに行方不明のままだ〉
カイの言葉にブライトは肩を落とす。
「…そうか…」
〈だが、数年前までシャイアン基地のすぐ近くにある屋敷に幽閉されていた事が分かった〉
「幽閉だと!?」
〈ああ、はっきりアイツかどうかは分からないが、そこに下働きに入っていた人間の話を聞く限り、アイツで間違いないだろう。そこに二年程居たそうだ〉
「二年程?今は?」
〈二、三年前に屋敷が何者かの襲撃に遭って…それ以降アイツの行方はぷっつりと途切れた〉
「その時殺された訳では…ないのか?」
〈死体は発見されて居ない。他の執事や監視員の死体はあったがアイツのは無かったそうだ〉
「そ…そうか…」
〈生きている可能性はある…〉
「そうだな…」
ブライトは両手で顔を覆い、重い溜め息を漏らす。
〈ブライト?〉
「情けないな…俺は…結局アイツを守る事が出来なかった…」
〈戦後、アイツを退役させる為に色々頑張ってたじゃねえか。一士官にどうこう出来る問題じゃ無かった。そんなに自分を責めるな〉
「しかし…セイラから戦時中もジャブローで実験的な事をされていたと聞いていた…。戦後アイツがどんな扱いを受けてたかと思うとな…」
〈とりあえず、このまま調査を続ける。それからティターンズ の新基地についてのデータを送っておいた。確認してくれ。また近いうちに連絡を入れる〉
「ああ、いつもすまんな。よろしく頼む」
〈じゃあな〉
ブライトは携帯端末を閉じると小さく溜め息を吐く。その瞬間、不意に人の気配を感じた。
驚いて振り向くと、そこには濃い色のスクリーングラスで顔を隠したクワトロ・バジーナ大尉が立っていた。
「た、大尉!?」
「ああ、艦長、ここに居ましたか。ブレックス准将がお呼びです」
「あ、ああ。すまない」
そのまま背を向けて去って行こうとするクワトロを思わず呼び止める。
「クワトロ大尉」
「何か?艦長」
「いや、もしかしたら待たせてしまっていたかと…」
『今の会話を聞かれたか…?』
アイツの事をこの男に聞かれるのは少し不味い気がした。
「いや、今来たところだ」
「そうですか…。それなら良かった」
「准将は艦橋に居ます。お急ぎを」
「ああ、すまない。ありがとう」
艦橋に向かうブライトを見送り、クワトロは不敵な笑みを浮かべる。
「カイ・シデン…ようやくそこまで辿り着いたか…」
◇◇◇
ブレックス准将、ヘンケン中佐カミーユと共に月のフォンブラウン市に降り立ったクワトロは、一旦三人とは別れ、とあるビルへと向かった。そしてその後ろを、カミーユが追いかける。
「クワトロ大尉…一体どこへ?准将達と別行動をするなんて…」
“ただの好奇心”それだけだった。
カミーユは前を歩くクワトロを付かず離れず追っていく。
クワトロはカミーユに気付きつつも足を進める。
『全く、これだから子供は…』
カミーユに気付いている事を悟られぬ様に落ち着いた歩調で歩き、次の角を曲がると、そのまま身を隠す。
慌てたカミーユが追いかけたが、既にクワトロの姿は無かった。
「チッ、あの人俺に気付いてたな!」
クワトロは目的のビルへと入ると、コンシェルジュから伝言を受け取り自身の部屋へと向かう。
そして、扉を開けた瞬間、中にいた青年が抱きついてきた。
「大佐!」
赤茶色の癖毛に、琥珀色の瞳を輝かせてクワトロに嬉しそうにしがみつくのは、かつて“連邦の白い悪魔”と呼ばれたパイロット、アムロ・レイだった。
作品名:Blue Eyes【前編】 作家名:koyuho