梅嶺小噺 1
「入っても良いか?。」
蒙摯が閉じられた扉に問う。
幾らか待つと、扉が開き、中から飛流が顔を出した。
「飛流か、どうだ?、蘇哥哥は?。」
蒙摯が部屋の中を覗き込んだ。
飛流は脇によける。
「おぅ、今日は起きられるのか、昨日より良い様だな。」
床の上に体を起こしている、梅長蘇の姿があった。
部屋は暑いくらいに温めている。暑い空気が蒙摯を阻むように、入口から湧いてくる。
熱気を掻き分け、蒙摯が部屋の中に入る。一緒に来た戦英もあとに続いて入った。
「暑いな、、。」
蒙摯は、寒さ避けに首に巻いた防寒布を緩めていた。
梅長蘇の体は、それでも体温が上がらぬと言うのだ。
「今日は具合が良いようだな。」
「ふふ、、。」
幾らか調子が良い様子で、顔色は良くないが、長蘇から笑みが零れた。
「いや、起きられぬと聞いた時には、驚いたぞ。調子が悪い様には見えなかったからな。」
飛流が部屋の隅から、椅子を持って来る。
蒙摯と戦英は、長蘇の寝台の側に腰を掛けた。
「具合はどうなのだ?。幾らかすれば起き上がれるのか?。」
蒙摯は長蘇が寝込んだと聞き、相当、狼狽えたのだ。
報告した藺晨から蒙摯は、強い口調で、「しっかりしろ」と諌められた。蒙摯が人前で狼狽えては、これ迄、長蘇が具合の悪さに耐えてきた事が、水の泡になる。
「死にはしない」そう藺晨に言われて、落ち着きを取り戻した。
「医者の言うことを、守りさえすれば、調子を崩したりはせぬのだ。聞かずに無理をするからこうなるのだ。」
苦々しげに藺晨が言う。
誰も藺晨に反論できなかった。
元々長蘇は、梅嶺に着いてからは驚く程精力的に動いていた。
皆、ある程度、無理をさせている事も、承知の上だったのだが、、。局面が、長蘇無しでは優位に運べず、医者もいる事だし、大丈夫だろうという甘えがあった。
まさか、起き上がれぬ程、体調が悪くなろうとは思ってもいなかった。
「藺晨、どうなのだ?。また、起き上がれるようになるのだろう?。小殊はそこまで悪くは無いよな?。」
「私にも、コイツの明日は分からん。」
すがるような蒙摯の問いだったが、冷たく吐き捨てるように、藺晨が言う。
「ふふ、大丈夫だ。心配ない。私が藺晨の言う事を聞かぬから、藺晨は機嫌が悪いのだ。」
藺晨の気持ちも分からぬではないが、蒙摯に心配の種を植えても仕方がない。現に昨夜や今朝に比べれば、格段に調子は良い。
また、起き上がって、馬にも乗れるだろう、長蘇はそう思っていた。
ただ藺晨の心配は増していた。
昨日の昼前に、長蘇の具合は悪くなった。
そしてまた、冰続丹を飲んだのだ。
四粒目。
以前は、飲めばたちどころに良くなった体が、今回は直ぐに良くはならない。
効き目は徐々に、効果が現れたのは、昨夜の夜半過ぎ、そして、梅嶺に着いた頃のような調子の良さは、今朝になっても戻らなかった。
━━━ここらが、限界なのだろうか、、、。
長蘇はまだ起き上がるつもりでいるが、、、。
段々と、冰続丹が効きにくくなる。
、、そして最後には、全く効かずに、意識さえ、、、。━━━
もう、無理だ。
そう思っていた。
出来れば本格的な冬になる前に、梅嶺から下ろしたい。
そう考えていた。
蒙摯に言えば、反対はするまい。問題は長蘇本人なのだ。
━━━コイツの駄々は絶対に聞くものか。━━━
なんと言おうと、連れて帰る。
藺晨は長蘇に、少々、、、いや、だいぶムカついていたのだ。
蒙「こうして横になってるのを見ると、昔の事を思い出すぞ。
大きな怪我をしても、寝込んだりすることは無かったが、一度だけ、私も泡を食ったぞ。」
蘇「いつの話だ、、、、、懸鏡司に捕えられた時か?。」
蒙「いや、、もっと昔だ。
、、、、あれだ、ほら、皇太子と猪退治をした時の、、。」
蘇「また、随分と昔の事を、、、、。」
藺「皇太子と猪退治をしたのか?。」
藺晨が興味津々、蒙摯と長蘇の顔を見比べる。
藺「皇子が猪退治出来るのか?!。、、なんて自由な、、というか、そんな事まで、、、。」
藺「禁軍の兵をゾロゾロ連れて、猪狩りか、、それならば、分かるが、、。」
蒙「いや、私と殿下と小殊の三人でだ。」
藺「はあ?、兵士ゾロゾロは??。」
戦「私も殿下から聞いた事があります。随分、若い頃のように聞いてますが。、、確か、靖王府に移って、幾らかした頃と、、。」
蘇「景琰は立場が自由だったのだ。
母親は今でこそ皇貴妃だか、当時は嬪位で、後ろ盾など誰もおらず、ある意味最も帝位から遠い位置にいたのだ。誰も気にかけていないというか、、、祁王と共に皇帝学を学んでも、朝臣達は誰も何も言わなかったのだ。景琰が皇帝になどと、鼻で笑っていたのだろう。ある意味、景琰自体は何にも縛られず、自由だったのだ。」
藺「そんな面倒臭い事は聞いてないぞ。いつもお前は説明が面倒臭い。」
蘇「ムッ、、、。」
藺「具合が悪い奴は黙って寝ていろ。」
蒙「そうだ、無理はいかん、大事にしてくれ。、、心配で堪らぬ。」
藺「退治って言う位だ。猪が悪さでもしていたのか?。大方、三人で、誰が仕留めるか、競走でもしてたのか?。」
蒙「そうそうそうそう!。大きな猪でなぁ、、そこらの村々を荒らし回っていたのだ。
まぁ、競走出来るような猪じゃ無かったなぁ、大きな奴で。
力を合わせないと無理だった。」
藺「そんなにでっかい猪なら、琅琊閣まで聞こえても良さそうなものだが、全く知らぬぞ。」
蒙「大猪が出たって、噂がたったばかりでな、、。この小殊がそういう物には目が無いのだ。退治したくてウズウズしていたのだ。」
藺「はぁ〜〜〜ん、この『小殊』が。」
藺晨は長蘇の顔を見た。分かったぞ、とでも言うような、意味深な視線だった。
蒙「皆、小殊が食いつくのは、だいたい予想は出来たんだ。だから林主帥が、私に小殊を見張らせたのだ、無理な事をせぬようにと。」
藺「ほー、蒙摯の言うことは聞いたのか。」
蒙「、、、いや。」
藺「、、、、やっぱりな、、。」
藺晨は、長蘇の顔を見て頷く。
蘇「何がやっぱりなのだ。」
即座に長蘇がツッコム。
藺「で?、猪は退治できたのか?。」
蒙「いや、それが思った以上にでかい猪で、、、。小殊は大怪我をするやら、、、、動かせなくて野宿する事になるやら、、、。
、、、それはそれで楽しかったんだが。」
藺「子供には無理だろう。そんな大きな猪なら、大人でも手を焼くだろう。それを子供三人で、、、。」
蒙「いや、私は成人していたのだ。」
藺「一人、大人がいたとしても、どう考えても無理だろう。
で、結局、諦めたわけか?。」
蘇「ちゃんと後で退治したぞ。猪は、村々の畑の作物を食い荒らすのだ。放ってはおけぬ。役人も中々手が回らぬ様で、村人達が、困り果てていたのだ。」
藺「ほう、退治したのか。子供連れの蒙摯が。どうやって退治したのだ?。」
蒙「あ、、いや、、、後日の退治には、私は誘ってもらえずに、、。」
藺「子供二人で仕留めたのか?。」
藺「またこっそり、靖王と猪退治に行ったのか!!。いくら、靖王が自由でも、皇子じゃないか。こりゃあ、さぞや絞られただろう、、、。」
蒙「いや、、別の件で絞られていたな、、。」
蒙摯が閉じられた扉に問う。
幾らか待つと、扉が開き、中から飛流が顔を出した。
「飛流か、どうだ?、蘇哥哥は?。」
蒙摯が部屋の中を覗き込んだ。
飛流は脇によける。
「おぅ、今日は起きられるのか、昨日より良い様だな。」
床の上に体を起こしている、梅長蘇の姿があった。
部屋は暑いくらいに温めている。暑い空気が蒙摯を阻むように、入口から湧いてくる。
熱気を掻き分け、蒙摯が部屋の中に入る。一緒に来た戦英もあとに続いて入った。
「暑いな、、。」
蒙摯は、寒さ避けに首に巻いた防寒布を緩めていた。
梅長蘇の体は、それでも体温が上がらぬと言うのだ。
「今日は具合が良いようだな。」
「ふふ、、。」
幾らか調子が良い様子で、顔色は良くないが、長蘇から笑みが零れた。
「いや、起きられぬと聞いた時には、驚いたぞ。調子が悪い様には見えなかったからな。」
飛流が部屋の隅から、椅子を持って来る。
蒙摯と戦英は、長蘇の寝台の側に腰を掛けた。
「具合はどうなのだ?。幾らかすれば起き上がれるのか?。」
蒙摯は長蘇が寝込んだと聞き、相当、狼狽えたのだ。
報告した藺晨から蒙摯は、強い口調で、「しっかりしろ」と諌められた。蒙摯が人前で狼狽えては、これ迄、長蘇が具合の悪さに耐えてきた事が、水の泡になる。
「死にはしない」そう藺晨に言われて、落ち着きを取り戻した。
「医者の言うことを、守りさえすれば、調子を崩したりはせぬのだ。聞かずに無理をするからこうなるのだ。」
苦々しげに藺晨が言う。
誰も藺晨に反論できなかった。
元々長蘇は、梅嶺に着いてからは驚く程精力的に動いていた。
皆、ある程度、無理をさせている事も、承知の上だったのだが、、。局面が、長蘇無しでは優位に運べず、医者もいる事だし、大丈夫だろうという甘えがあった。
まさか、起き上がれぬ程、体調が悪くなろうとは思ってもいなかった。
「藺晨、どうなのだ?。また、起き上がれるようになるのだろう?。小殊はそこまで悪くは無いよな?。」
「私にも、コイツの明日は分からん。」
すがるような蒙摯の問いだったが、冷たく吐き捨てるように、藺晨が言う。
「ふふ、大丈夫だ。心配ない。私が藺晨の言う事を聞かぬから、藺晨は機嫌が悪いのだ。」
藺晨の気持ちも分からぬではないが、蒙摯に心配の種を植えても仕方がない。現に昨夜や今朝に比べれば、格段に調子は良い。
また、起き上がって、馬にも乗れるだろう、長蘇はそう思っていた。
ただ藺晨の心配は増していた。
昨日の昼前に、長蘇の具合は悪くなった。
そしてまた、冰続丹を飲んだのだ。
四粒目。
以前は、飲めばたちどころに良くなった体が、今回は直ぐに良くはならない。
効き目は徐々に、効果が現れたのは、昨夜の夜半過ぎ、そして、梅嶺に着いた頃のような調子の良さは、今朝になっても戻らなかった。
━━━ここらが、限界なのだろうか、、、。
長蘇はまだ起き上がるつもりでいるが、、、。
段々と、冰続丹が効きにくくなる。
、、そして最後には、全く効かずに、意識さえ、、、。━━━
もう、無理だ。
そう思っていた。
出来れば本格的な冬になる前に、梅嶺から下ろしたい。
そう考えていた。
蒙摯に言えば、反対はするまい。問題は長蘇本人なのだ。
━━━コイツの駄々は絶対に聞くものか。━━━
なんと言おうと、連れて帰る。
藺晨は長蘇に、少々、、、いや、だいぶムカついていたのだ。
蒙「こうして横になってるのを見ると、昔の事を思い出すぞ。
大きな怪我をしても、寝込んだりすることは無かったが、一度だけ、私も泡を食ったぞ。」
蘇「いつの話だ、、、、、懸鏡司に捕えられた時か?。」
蒙「いや、、もっと昔だ。
、、、、あれだ、ほら、皇太子と猪退治をした時の、、。」
蘇「また、随分と昔の事を、、、、。」
藺「皇太子と猪退治をしたのか?。」
藺晨が興味津々、蒙摯と長蘇の顔を見比べる。
藺「皇子が猪退治出来るのか?!。、、なんて自由な、、というか、そんな事まで、、、。」
藺「禁軍の兵をゾロゾロ連れて、猪狩りか、、それならば、分かるが、、。」
蒙「いや、私と殿下と小殊の三人でだ。」
藺「はあ?、兵士ゾロゾロは??。」
戦「私も殿下から聞いた事があります。随分、若い頃のように聞いてますが。、、確か、靖王府に移って、幾らかした頃と、、。」
蘇「景琰は立場が自由だったのだ。
母親は今でこそ皇貴妃だか、当時は嬪位で、後ろ盾など誰もおらず、ある意味最も帝位から遠い位置にいたのだ。誰も気にかけていないというか、、、祁王と共に皇帝学を学んでも、朝臣達は誰も何も言わなかったのだ。景琰が皇帝になどと、鼻で笑っていたのだろう。ある意味、景琰自体は何にも縛られず、自由だったのだ。」
藺「そんな面倒臭い事は聞いてないぞ。いつもお前は説明が面倒臭い。」
蘇「ムッ、、、。」
藺「具合が悪い奴は黙って寝ていろ。」
蒙「そうだ、無理はいかん、大事にしてくれ。、、心配で堪らぬ。」
藺「退治って言う位だ。猪が悪さでもしていたのか?。大方、三人で、誰が仕留めるか、競走でもしてたのか?。」
蒙「そうそうそうそう!。大きな猪でなぁ、、そこらの村々を荒らし回っていたのだ。
まぁ、競走出来るような猪じゃ無かったなぁ、大きな奴で。
力を合わせないと無理だった。」
藺「そんなにでっかい猪なら、琅琊閣まで聞こえても良さそうなものだが、全く知らぬぞ。」
蒙「大猪が出たって、噂がたったばかりでな、、。この小殊がそういう物には目が無いのだ。退治したくてウズウズしていたのだ。」
藺「はぁ〜〜〜ん、この『小殊』が。」
藺晨は長蘇の顔を見た。分かったぞ、とでも言うような、意味深な視線だった。
蒙「皆、小殊が食いつくのは、だいたい予想は出来たんだ。だから林主帥が、私に小殊を見張らせたのだ、無理な事をせぬようにと。」
藺「ほー、蒙摯の言うことは聞いたのか。」
蒙「、、、いや。」
藺「、、、、やっぱりな、、。」
藺晨は、長蘇の顔を見て頷く。
蘇「何がやっぱりなのだ。」
即座に長蘇がツッコム。
藺「で?、猪は退治できたのか?。」
蒙「いや、それが思った以上にでかい猪で、、、。小殊は大怪我をするやら、、、、動かせなくて野宿する事になるやら、、、。
、、、それはそれで楽しかったんだが。」
藺「子供には無理だろう。そんな大きな猪なら、大人でも手を焼くだろう。それを子供三人で、、、。」
蒙「いや、私は成人していたのだ。」
藺「一人、大人がいたとしても、どう考えても無理だろう。
で、結局、諦めたわけか?。」
蘇「ちゃんと後で退治したぞ。猪は、村々の畑の作物を食い荒らすのだ。放ってはおけぬ。役人も中々手が回らぬ様で、村人達が、困り果てていたのだ。」
藺「ほう、退治したのか。子供連れの蒙摯が。どうやって退治したのだ?。」
蒙「あ、、いや、、、後日の退治には、私は誘ってもらえずに、、。」
藺「子供二人で仕留めたのか?。」
藺「またこっそり、靖王と猪退治に行ったのか!!。いくら、靖王が自由でも、皇子じゃないか。こりゃあ、さぞや絞られただろう、、、。」
蒙「いや、、別の件で絞られていたな、、。」