Blue Eyes【番外編】
Blue Eyes【番外編】
セイラ達と共に月のフォンブラウン市から地球に降りて一週間が経とうとしていた。
アムロは今、セイラが所有するという南欧の別荘にカミーユと数人の使用人と共に暮らしている。
セイラは多忙らしく、二、三日に一回くらいここを訪れる。
初めはセイラが住む屋敷住むことになっていたが、ニュータイプ研究所からの追手に気付かれる可能性があることから、少し離れたこの場所に落ち着くことになった。
朝、窓から降り注ぐ朝日に照らされ目が覚める。
ベッドから起き上がり、アムロは周囲を見回す。
「そうか…。ここ、セイラさんの…」
ゆっくりと立ち上がり、窓の外に広がる海を眺める。
「海…。地球だ…」
のんびりと海を眺めていると、ドアをノックする音がする。
「どうぞ」
答えるとカミーユが部屋へと入って来た。
「おはようございます。アムロさん」
「ああ、おはよう。良い天気だね」
窓辺で微笑むアムロに、カミーユが目を見開いて驚いた顔をする。
「ア…ムロさん…もしかして…今…」
「ふふ、やっぱりカミーユには直ぐにバレちゃうな」
「やっぱり!」
カミーユがアムロに駆け寄りその瞳を覗き込む。
カミーユを見つめ返すその瞳は、子供のそれでは無く、落ち着いた大人のアムロのもの。
ここに来て、本来の自我はずっとなりを潜め、表に出る事は無かったが、環境が落ち着いた事により、ようやく子供のアムロの心が安定して昨夜は深い眠りに落ちたのだろう。
「ありがとう、カミーユ。君のお陰で俺はここに落ち着く事が出来た」
「いえ、俺はクワトロ大尉に頼まれた事をしただけです」
「クワトロ大尉…か、シャアはやっぱりジオンに還ったんだな…」
少し悲しげな瞳をしてアムロが呟く。
「ええ…おそらく…」
「カミーユ、君はこんな所にいて良いのかい?ブライトさんの所に戻らなくても…」
「大丈夫です。ここに居るのはブライト艦長の命令でもあるんです」
「そうか…なら良いけど…。俺に縛られる事はないから、カミーユの自由に生きてくれな?」
「はい。今は、俺の意思でここに居ます。そういえば俺の幼馴染もアーガマからこっちに来るって連絡があったので着いたら紹介しますね」
「幼馴染って女の子?」
「え、ええ」
「もしかしてカミーユの彼女?」
「そっそんなんじゃないですよ!」
焦るカミーユを見てアムロがクスクス笑う。
「その子の優しさに甘えて、大切にしないでいると俺みたいに逃げられちゃうぞ」
カミーユの額を指先で弾いて笑うアムロの表情はどこか寂しげで、思わず見入ってしまう。
「アムロさんにも幼馴染がいたんですか?」
「ああ、今はハヤトの奥さんだよ」
アムロはそう言いながら背を向けると着替えを始める。
シャツを脱いだその身体にはいくつもの傷痕があった。
そして右腕にある傷痕に目がいく。
何か、細長いものが突き刺さり貫通したような痕。
それを目の当たりにし、目の前の男がかつて連邦の白い悪魔と呼ばれた歴戦の戦士であった事を実感する。
そして、ジオンの赤い彗星と何度も死闘を繰り広げた最強のパイロットだという事を…。
「カミーユ…あまり見られると恥ずかしいんだけど…」
「あっすみません!朝食の準備出来てますからダイニングに来て下さい!」
「ああ、分かった。ありがとう」
ニッコリと微笑むアムロに、カミーユはドキリとして思わず部屋を飛び出した。
「何だろう、アムロさんて時々妙に色気があるっていうか…びっくりした」
◇◇◇
「セイラさん、こんにちは。アムロの様子はどうですか?」
「ああ、カイ。良いところに、丁度アムロの検診の結果が出たところなの」
セイラが経営する病院を訪れたカイは、セイラと共にドクターからアムロの検診結果の報告を受ける。
「先ずは理事長から頂いたデータについて説明致します」
ドクターは画面にデータを表示させ、研究所で投与されたであろう薬物とそれに伴う症状や副作用。そして、心肺停止状態に陥った時の状況について説明する。
「現在の記憶障害については、やはり実験中に心肺停止状態となり、その蘇生に時間が掛かった為に低酸素脳症に陥った事が原因でした」
ドクターの言葉に、爪が食い込む程強く握り締めるセイラの手をカイがそっと包み込む。
「セイラさん、落ち着いて」
「あ…カイ…私…」
強く握りしめた手を解き、一度深呼吸をする。
「もう大丈夫よ。ありがとう」
「いえ…」
「ごめんなさい、ドクター、続きを」
「はい、アムロさんの場合、長期記憶を司る大脳皮質の一部が壊死した事により記憶障害が起こっていると思われます。しかし、保護されてからの治療が良かったのでしょう、彼の脳は少しずつですが再生を始めています」
「え?脳は再生をするのですか?」
一般的に成人の脳細胞は死滅していく事はあっても生成されない。しかし、アムロの脳は再生しているという。
「ええ、脳というのは不思議な臓器で色々な刺激を外部から与える事により再生をする事があるのです。時々本来の自我を取り戻すという事ですから、おそらく記憶自体が全て失われた訳ではないでしょう」
「それでは、脳の再生がこのままうまく進めば記憶障害は改善すると?」
「ええ、完全にとはいえないでしょうが改善する可能性は充分あります」
「ああ!」
ドクターの言葉にセイラの瞳から涙が溢れる。
「ただ、研究所でかなりの薬物を投与されていますので、こちらを完全に抜くのも課題の一つです。体力は随分と回復していますが、内臓機能の低下はまだ見られますので、こちらの治療も必要となるでしょう…」
「そんなにも薬物を?」
「ええ、常識では考えられない種類と量を投与されています。正直生きていられたのが奇跡としか…。保護されてからずっと屋外には出ていなかったというのも、抵抗力の低下が著しかった為に感染症を予防する意味があったのでしょう」
まるで軟禁しているように思っていたが、それも全てアムロを守る為だったのだ。
兄はアムロを全力で守っていた。
「現在は体力も回復し、抵抗力も大分戻って来ていますので、今後は徐々に外に出て刺激を脳に与えていく事も大切でしょう」
「そうですか…。よかった」
「ええ、彼の生命力の強さには本当に驚かされます。しかし、まだ無理は厳禁です。回復してきているとはいえ、成人男性の体力や抵抗力には到底及びません。時間をかけてゆっくりと治療していきましょう」
「ドクター、例の暗示の件はどうだ?」
カイの問いにドクターが別のデータを表示させる。
「はい、こちらの方も同時に治療を行なっていきます。詳しくは心療内科の専門医が後日説明しますが、主に命令に従順になるような暗示が掛けられていました。他にも危険な暗示が掛けられていないか調べていく必要があります」
「危険な暗示?」
「ええ、何かのキーワードで自殺をするようにとか誰かに危害を加えたりするようなものです」
「自殺?」
「はい、以前にあった事例で、スパイとして潜り込んでいた者に雇い主にとって不利益が生じる事態になった場合、その口をふさぐ為自殺行為をさせるという暗示を掛けられていた事がありました」
「けっ偉い奴の考えそうな事だ」
セイラ達と共に月のフォンブラウン市から地球に降りて一週間が経とうとしていた。
アムロは今、セイラが所有するという南欧の別荘にカミーユと数人の使用人と共に暮らしている。
セイラは多忙らしく、二、三日に一回くらいここを訪れる。
初めはセイラが住む屋敷住むことになっていたが、ニュータイプ研究所からの追手に気付かれる可能性があることから、少し離れたこの場所に落ち着くことになった。
朝、窓から降り注ぐ朝日に照らされ目が覚める。
ベッドから起き上がり、アムロは周囲を見回す。
「そうか…。ここ、セイラさんの…」
ゆっくりと立ち上がり、窓の外に広がる海を眺める。
「海…。地球だ…」
のんびりと海を眺めていると、ドアをノックする音がする。
「どうぞ」
答えるとカミーユが部屋へと入って来た。
「おはようございます。アムロさん」
「ああ、おはよう。良い天気だね」
窓辺で微笑むアムロに、カミーユが目を見開いて驚いた顔をする。
「ア…ムロさん…もしかして…今…」
「ふふ、やっぱりカミーユには直ぐにバレちゃうな」
「やっぱり!」
カミーユがアムロに駆け寄りその瞳を覗き込む。
カミーユを見つめ返すその瞳は、子供のそれでは無く、落ち着いた大人のアムロのもの。
ここに来て、本来の自我はずっとなりを潜め、表に出る事は無かったが、環境が落ち着いた事により、ようやく子供のアムロの心が安定して昨夜は深い眠りに落ちたのだろう。
「ありがとう、カミーユ。君のお陰で俺はここに落ち着く事が出来た」
「いえ、俺はクワトロ大尉に頼まれた事をしただけです」
「クワトロ大尉…か、シャアはやっぱりジオンに還ったんだな…」
少し悲しげな瞳をしてアムロが呟く。
「ええ…おそらく…」
「カミーユ、君はこんな所にいて良いのかい?ブライトさんの所に戻らなくても…」
「大丈夫です。ここに居るのはブライト艦長の命令でもあるんです」
「そうか…なら良いけど…。俺に縛られる事はないから、カミーユの自由に生きてくれな?」
「はい。今は、俺の意思でここに居ます。そういえば俺の幼馴染もアーガマからこっちに来るって連絡があったので着いたら紹介しますね」
「幼馴染って女の子?」
「え、ええ」
「もしかしてカミーユの彼女?」
「そっそんなんじゃないですよ!」
焦るカミーユを見てアムロがクスクス笑う。
「その子の優しさに甘えて、大切にしないでいると俺みたいに逃げられちゃうぞ」
カミーユの額を指先で弾いて笑うアムロの表情はどこか寂しげで、思わず見入ってしまう。
「アムロさんにも幼馴染がいたんですか?」
「ああ、今はハヤトの奥さんだよ」
アムロはそう言いながら背を向けると着替えを始める。
シャツを脱いだその身体にはいくつもの傷痕があった。
そして右腕にある傷痕に目がいく。
何か、細長いものが突き刺さり貫通したような痕。
それを目の当たりにし、目の前の男がかつて連邦の白い悪魔と呼ばれた歴戦の戦士であった事を実感する。
そして、ジオンの赤い彗星と何度も死闘を繰り広げた最強のパイロットだという事を…。
「カミーユ…あまり見られると恥ずかしいんだけど…」
「あっすみません!朝食の準備出来てますからダイニングに来て下さい!」
「ああ、分かった。ありがとう」
ニッコリと微笑むアムロに、カミーユはドキリとして思わず部屋を飛び出した。
「何だろう、アムロさんて時々妙に色気があるっていうか…びっくりした」
◇◇◇
「セイラさん、こんにちは。アムロの様子はどうですか?」
「ああ、カイ。良いところに、丁度アムロの検診の結果が出たところなの」
セイラが経営する病院を訪れたカイは、セイラと共にドクターからアムロの検診結果の報告を受ける。
「先ずは理事長から頂いたデータについて説明致します」
ドクターは画面にデータを表示させ、研究所で投与されたであろう薬物とそれに伴う症状や副作用。そして、心肺停止状態に陥った時の状況について説明する。
「現在の記憶障害については、やはり実験中に心肺停止状態となり、その蘇生に時間が掛かった為に低酸素脳症に陥った事が原因でした」
ドクターの言葉に、爪が食い込む程強く握り締めるセイラの手をカイがそっと包み込む。
「セイラさん、落ち着いて」
「あ…カイ…私…」
強く握りしめた手を解き、一度深呼吸をする。
「もう大丈夫よ。ありがとう」
「いえ…」
「ごめんなさい、ドクター、続きを」
「はい、アムロさんの場合、長期記憶を司る大脳皮質の一部が壊死した事により記憶障害が起こっていると思われます。しかし、保護されてからの治療が良かったのでしょう、彼の脳は少しずつですが再生を始めています」
「え?脳は再生をするのですか?」
一般的に成人の脳細胞は死滅していく事はあっても生成されない。しかし、アムロの脳は再生しているという。
「ええ、脳というのは不思議な臓器で色々な刺激を外部から与える事により再生をする事があるのです。時々本来の自我を取り戻すという事ですから、おそらく記憶自体が全て失われた訳ではないでしょう」
「それでは、脳の再生がこのままうまく進めば記憶障害は改善すると?」
「ええ、完全にとはいえないでしょうが改善する可能性は充分あります」
「ああ!」
ドクターの言葉にセイラの瞳から涙が溢れる。
「ただ、研究所でかなりの薬物を投与されていますので、こちらを完全に抜くのも課題の一つです。体力は随分と回復していますが、内臓機能の低下はまだ見られますので、こちらの治療も必要となるでしょう…」
「そんなにも薬物を?」
「ええ、常識では考えられない種類と量を投与されています。正直生きていられたのが奇跡としか…。保護されてからずっと屋外には出ていなかったというのも、抵抗力の低下が著しかった為に感染症を予防する意味があったのでしょう」
まるで軟禁しているように思っていたが、それも全てアムロを守る為だったのだ。
兄はアムロを全力で守っていた。
「現在は体力も回復し、抵抗力も大分戻って来ていますので、今後は徐々に外に出て刺激を脳に与えていく事も大切でしょう」
「そうですか…。よかった」
「ええ、彼の生命力の強さには本当に驚かされます。しかし、まだ無理は厳禁です。回復してきているとはいえ、成人男性の体力や抵抗力には到底及びません。時間をかけてゆっくりと治療していきましょう」
「ドクター、例の暗示の件はどうだ?」
カイの問いにドクターが別のデータを表示させる。
「はい、こちらの方も同時に治療を行なっていきます。詳しくは心療内科の専門医が後日説明しますが、主に命令に従順になるような暗示が掛けられていました。他にも危険な暗示が掛けられていないか調べていく必要があります」
「危険な暗示?」
「ええ、何かのキーワードで自殺をするようにとか誰かに危害を加えたりするようなものです」
「自殺?」
「はい、以前にあった事例で、スパイとして潜り込んでいた者に雇い主にとって不利益が生じる事態になった場合、その口をふさぐ為自殺行為をさせるという暗示を掛けられていた事がありました」
「けっ偉い奴の考えそうな事だ」
作品名:Blue Eyes【番外編】 作家名:koyuho