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TWILIGHT ――黄昏に還る1

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TWILIGHT――黄昏に還る 1



 どんなに願っても、どうしようもないことって、あるよな……。
 それを俺は、いつ知ったんだろう?
 いつから俺は、そんなことを思うようになったんだろう?
 ――――もう、仕方がないって。



□■□Prologue――壊れた世界で□■□

 地上の建物は狙われやすいからって、魔術協会の施設はたいてい地下にある。
 今さら何に狙われるのか教えてほしいもんだ。
 魔術協会の敵なんてものは、もうどこにもいやしない。
 今、魔術協会は、世界中から引く手あまたの救世主、みたいなものだ。その施設が地下にあるっていうのはおかしな感じがする。
 まあ、元々が地下組織みたいなものだ、イメージ通りに地下に潜ったところでおかしくはない。別に、俺はどこにあろうとかまわないけどな……。
「は……」
 仕事を終えて、地上に出る。
「まっずい空気……」
 曇天かと思えば、ガスのかかった暗い空。
 ここは、かつて冬木と呼ばれた日本の地方都市だ。
 今となってはその面影すら見当たらない。市街地であった新都の方は、まだビルの残骸が放置されているから、その名残くらいはあるのかもしれないけど……。
 荒野に近い光景は、どこの地上でもわりと普通にある。
 そこが、かつてどこかの国の首都と呼ばれていたとしても、今はもう見る影もない。
 俺の育った町は、もう復興することはない。いや、どの街もどの村も、酷い所では国自体も、もう取り戻すことのできない壊滅状態だ。ここは、人間の住める世界ではなくなりつつある。
 この世界は、すでに崩壊を免れない。一歩一歩を着実に、この世界の生命は破滅へと向かっている……。
「どんなに俺たちが修正を加えたって、この未来は変わらない……」
 独り言ちたところで、同意する声も反論する声もあるわけがない。
 地上をうろつくものは、一部の小動物や野生化した動物、地に這う虫以外、ほとんどいなくなった。
 雨の後だろうか、泥水が道であったところを流れている。
「川でもないってのに……」
 舗装された道なんてものを見ることはなくなった。かつてのここは、アスファルトの道路、石やレンガが敷きつめられた歩道なんてもので整えられた住宅街だった。今となっては、見る影もない泥の川でしかないけれど……。
 壊れるときは速いんだなと、最近、思い知った。
 創り出すのも、修復も、多くの時間と労力が必要だというのに、壊れるときは一瞬だ。

 人間も動植物も、安住の地を探して右往左往している。
 これが今、現在、俺の住む世界だ……。



□■□1st phase□■□

「衛宮、君にも関係のある事象だよ」
 そう言って書類を手渡した上司に、衛宮士郎は肩を竦める。
「第五次聖杯戦争、ですか……」
「ああ。君のよく知る、な」
「そりゃ、当事者ですからね」
 軽口を叩くものの、士郎の表情は硬いものだった。
「壊しきれてなかったって、ことですね……」
 渡された書類に目を通しながら訊けば、士郎の上司であるワグナーは、大きく頷いた。
「修正を、と正式に命令が下った」
「そ……ですか……」
「何か気がかりが?」
「いえ、ありません。では、準備ができ次第、ってことで?」
「ああ、それまでは休暇を楽しめ」
「了解」
 仕事の前に休暇を取ることがここでは義務だ。用事があろうがなかろうが、強制的に最低一週間は取らされる。その日数は、一週間から一か月の内ならば自由に取ることができ、士郎の場合、いつも十日を申請していた。
 ワグナーは士郎から準備万端用意されていた十日間の休暇届を受け取り、思い出したように付け加える。
「休む前に医術部には顔を出しておけよ」
「はいはい。言われずとも、ですよ」
 振り向きもせず、片手を振って、士郎は部屋を後にした。
「まったく……、もう少し素直に言えば、可愛げがあるのだがな」
 ワグナーは士郎の提出した休暇届を一瞥し、苦笑いをこぼしてデスクワークに戻った。



「はー……。聖杯戦争かぁ…………」
 魔術協会の支部が入る施設を出て、暗い空を見上げる。そこにあるはずの青空は、もう見る影もない。
 曇天のようにガスに覆われた空は、もう戻ることはないのだろう。この地上にあって、青空など、どこを探しても見当たらない。ガスと塵に覆われた空は、いつも曇天のようで、それに慣れつつある自身を士郎は複雑な気分で味わっている。
「この、世界は…………」
 崩壊までの秒読み段階だ。そこで今、士郎は生きている。
「あれから、何年だ?」
 あれから――――聖杯戦争から、自分はどれくらい進んでいるのだろうと、このところよく思う。
 瞼を閉じては聞こえていた剣戟の音は、いつしか遠く、もうほとんど聞き取れなくなった。
 それでも、いまだ色褪せない記憶として脳裡に焼き付いているのは……、たった一人。
「アイツは……」
 命を懸けて意地をぶつけ合ったあの男は、と赤い外套を翻して立つ背中を思い出す。
「今も繰り返しているんだろう……」
 自ら選んだ運命(さだめ)を、自ら掲げた理想を追って。
「叶うことはないって絶望を知りながら、な……」
 いずれ、自分が同じ道を行くとは、もう、士郎には思えなくなっていた。
 現実を見た。諦めも知った。限界も、感じた。
「アイツは強い。俺に、あの強さは、ない……」
 投影はできるが、無限の剣製はあれ以来使えない。この先にも使えるとは思えない。
「今は、しがないサラリーマン、みたいなものだしな」
 乾いた笑いで自身を嗤い、士郎は荒んだ風の中、首を竦めて、黒いミリタリーコートの襟に顎を埋めた。



***

「先輩、また、片目だけですか?」
 怒ったかわいい顔で訊ねられる。
「あー、うん。両目だと、バランス取れないっていうか……」
 あらぬ方へ視線を送りながら、使い古した言い訳を口にする。
「ちゃんと訓練しないからですよ!」
「ははは……、ごめんなさい」
 後輩のお叱りに素直に謝り、士郎は困ったように笑う。
「もー、悪い癖ですよ! なんでも笑って済まそうとして!」
「そんなこと思ってないって、桜には迷惑かけるなぁと思う。だから謝ってるだろ? 笑って済ますなんて、全然思ってないって」
「迷惑だなんて思ってません! 先輩がケガをしないようにと思って、私は注意してるんです!」
「うん、はい。わかりました」
「全然わかってません!」
「あー……、えっとー」
「あーいかわらずねー、衛宮くん」
「うわっ! と、遠坂? いつからいたんだ!」
 診察室の入口を振り返って士郎は思わず腰を浮かせてしまう。
「何よ、その驚きようは! 失礼なところも相変わらずね!」
 つかつかと診察室へ入ってくる姿を目で追いつつ、士郎は椅子に座り直した。
「いつからって、今来たところよー。また片目だけで無茶しようとしてるなんて、私は知らないわよー」
「最初からじゃないか……」
「桜ー、ドリンクお願いー」
 士郎のつっこみなど、そ知らぬ顔で流されてしまった。
「またですか、姉さん。姉さんも、先輩と似たり寄ったりですよ!」
「んふふー、ごめんなさーい」
 謝りながらも遠坂凛は間桐桜に甘えている。