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TWILIGHT ――黄昏に還る1

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 真っ直ぐな琥珀色の瞳が、じっとセイバーの言葉を待っている。尻すぼみに小さくなったセイバーの声はそれきりで、頷きに変わっていく。
 その様子を、士郎は心苦しく見ていた。すでにマスターとサーヴァントの信頼関係が築かれつつあると思えた。ここにきて、士郎は、自身の主張の身勝手さを思い知る。
(今さら……、俺は何を迷う……)
 苦虫を噛み潰した気分だった。



***

「マスター、訊きたいことがあるのですが」
 セイバーとの契約を終え、セイバーのマスターとなった士郎は目深にミリタリーコートのフードを被り、立てた襟元で顔のほとんどを隠す。
「何を?」
「シロウからは魔力が流れてきませんでした。ですが、マスターからは滞りなく魔力が流れてきます。あなたはシロウの未来だと言った。私は魔術師ではないので詳しいことはわかりませんが、成長とともに魔力が大幅に増えるというのはいささか……」
 腑に落ちない、という顔でセイバーは首を捻っている。
 契約の変更を終え、彼女は士郎をマスターと、そして、この時空の少年・衛宮士郎をシロウと呼んで区別している。
 少年からセイバーを奪うという契約の変更は、士郎が投影したキャスターの宝具で行われた。一度、その剣で士郎自身がセイバーを失った。だというのに、過去の己に同じことをして、と士郎はやりきれなさを押し殺さなければならなかった。
 何度も自身に言い聞かせている、これは未来のためだと……。
「マスター?」
 返答を催促され、士郎は極力明るい声で答える。
「そっか、そりゃ、不思議だって思うよなあ。このころの俺は、魔術回路がほとんど機能していなかったし、魔力も少なかったし……」
「では、何故?」
「…………今、俺がセイバーに魔力を送れるのは、とっておきの装置を持ってるからだ」
「とっておきの、装置?」
「セイバーの言う通り、俺の魔力は増量なんてされなかった。いまだに魔術は、初歩的なものと投影魔術しかできないし」
 自嘲を見せる士郎にセイバーは首を傾げている。
「装置、というのは……?」
「ああ、この世界に満ちる大源(マナ)を集めて、俺の魔力として賄っている。その装置でな」
「な……ッ! 装置で大源を集めるの、ですかっ?」
「仕組みとか、俺も詳しくは知らないんだ。とにかく、俺たちの仕事は魔力が多ければ多いほどやりやすい。失敗するリスクも多少なりとも防げるし。まあ、魔力量の少ない俺がこんな仕事をこなせているんだから、いい証拠だろ? 魔術師の風上にも置けないって言う奴らもいたけど、そういう装置に頼ってしまうのは仕方のない話なんだよ、俺たちが生きる世界では」
「……装置、ということは、何か道具があるということですか? 魔術用具というような? マスターはそれを持ち歩いている、ということですか?」
「質問攻めだなあ」
「ご、誤魔化さないでくださいマスター。大事なことです!」
 きりり、として言い放つセイバーは、有無を言わせない。これは正直に話さなければ終わらないと踏んで、仕方なく白状することにした。
 士郎としては、あまり口にしたくはないことだ。何しろ、自身の能力の無さを露呈するに等しいのだから、言いたくなるわけがない。
 魔術師として、自力で魔力を賄えないことを語るのは、存外に言い難いものだなと思いつつ、士郎は口を開く。
「……埋め込んでるんだ、身体に」
「埋め……? マ、マスター、身体に、その、装置とやらを埋め込んだ、というのですかっ?」
 セイバーは掴みかかる勢いで訊いてくる。
「そんなに驚くことじゃないよ、セイバー。俺たちの間では、ごく普通のこ――」
「だからといって! 人体に何か問題を起こしてしまうのではないのですか!」
 声を荒げたセイバーに、士郎は目を伏せた。
「仕方がない。優秀な魔術師は、そう多くない。その優秀な人材も、聖杯が引き起こす災厄に対処するために命を落としていく……。俺たちみたいな雑兵が踏んばっても踏んばっても……、追いつかないんだ……」
 セイバーにどこまで自分の主張が通じているかはわからないと知りながら、士郎はついこぼしていた。
 理解してもらえるとは思えない事情だとは重々承知している。だが、それでも士郎にはわかってほしいという想いがあったから、そんなことを言ったのかもしれない。
「あ、悪い、関係ないな、今は」
 いろいろと思うところを笑みに隠したものの、セイバーは困惑をその瞳に宿している。
「ほんとは……、全然、関係ないんだよな……」
 ぽつり、とこぼした想いは、ほとんど声にならなかったのか、セイバーには届かなかったようだ。
「あの、マスター、何か?」
 耳を傾けようとした彼女を促し、歩き出す。
「さっさと行かないと、朝までに森を抜けられなくなるな」
「そ、そうですね……」
 答えたセイバーは、それ以上は何も言わずに歩きはじめる。かけ合う言葉は一つもなく、士郎もセイバーも黙々と前だけを見据えている。
 アインツベルンの古城を目指し、ただただ暗い森を進んだ。



「門前払い、でしたね」
「ああ」
「次は、どうしますか?」
「考え中」
「考えている暇があるのですか?」
「…………痛いとこばっか、突いてくるよな、セイバーは」
「不甲斐ないマスターにやる気を出させるのもサーヴァントの役目だと思います」
 恨めしく顔を向ければ、セイバーはなんら己に落ち度はないとばかりに毅然と告げる。
「はいはい。真面目なサーヴァントでありがたいよ」
 すでに一時間以上も歩き、士郎はそこそこに疲れてきている。昨夜はアインツベルンの古城まで森の中を歩き、朝、古城に着いたと思ったら、話す間もなく追い返された。
「メイドのクセに……、狂暴なんだよ……」
 古城の主を守る二人のメイドは、有無を言わさず先制攻撃を仕掛けてきた。セイバーのおかげで無事に城を離れることができたが、目論んでいた成果はゼロだ。
 ブツブツと文句を垂れて士郎は歩くが、その横をセイバーは涼しい顔で歩いている。
「……セイバーは疲れないのか?」
「ええ」
 こちらを見上げたセイバーは、当然とでも言いたげに頷く。
「あ、そ。でも、まあ、腹減ったし、次に動きたいところだけど、いったん戻るか」
 住宅街が見え始め、士郎はフードを目深に被った。立てた襟に顎を埋め、なるべく人と顔を合わさないように歩く。
「大変そうですね、マスター。顔を変えれば良いのでは?」
「そんな魔術、使えると思うか?」
「……そうですか、それではしようがありませんね」
 あっさりと答えたセイバーは、それきり何も言わなかった。
 そんなセイバーを、ちら、と見やり、自分もじゃないか、と心中で悪態をつく。
 装甲こそ消しているがセイバーの格好も、この時代にはそぐわない。
(さっさと帰ろ……)
 誰かに見られるのは得策ではない。
 冬の朝は遅く、まだ、あたりは暗い。足早に拠点となっている衛宮邸へ、無言の主従は歩いた。


TWILIGHT――黄昏に還る 1  了(2018/8/21)