毛布一枚で私は眠れる
しんしんと、冷えた深雪が庭を殺風景なものにしていた。
冷たい空気に鼻先の感覚が、もう、ない。
腕や足だけは暖めておかなくては、と動かしながら、八左ヱ門は歩んだ。ぎしぎしと、音を立てながら廊下を進む。
「んー…」
たどり着いた戸の前で少し躊躇した。
しようか迷ったが、何となくした方がいい気がして、とんとんと戸を叩けば、わざとらしく部屋の中がシン…と無音になった。
――息が白くなる程寒いのに、中の住人は居留守をするつもりか。
ちょっとだけむっとしたので、来ないだろう返事なんて関係なく、ガラリと戸を開けた。
「兵助、居るんだろう」
「………」
案の定、部屋には久々知が一人、座り込んでいた。端っこに。毛布に包まって。
「う~っ、寒ぃ、入るぞ」
今更おとないを入れても意味は無いが、そう言って八左ヱ門は部屋に入り込んだ。がたがたと少し立て付けの悪い戸が、少し腹立たしい。
「どうした、そんな格好で」
背を向けたままの彼に、八左ヱ門は問う。
「………」
しかし、彼は少し身じろぎをしただけで、返事は無い。
「それにしても寒ぃなぁ~」
ぶるっと震えて、もう一度戸を見直す。立て付けが悪いせいで少し隙間があるようだ。
「ここの部屋、寒いな。 壁にも隙間ないか?」
「…あるかもな」
やっと返事が返ってきた。
「雷蔵が、寒くてやってらんないからって、着込みすぎて達磨みたいになってたぞ」
「へぇ」
「三郎なんか、部屋に火鉢持ち込んでた」
「…勝手に持ち込んだら怒られるぞ」
だんだんと和らいでくる空気に八左ヱ門はそっと胸をなでおろした。
…どこか頑なな態度に見えたが、存外そうでもないのかもしれない。寒さに凍えてるだけで、言葉を出すのが億劫のなかもしれなかった。
「兵助も、あいつらの部屋に行けばいい。暖かいぞ」
「………」
「勘右衛門なんか早々に蜜柑持って来てたしな」
「……蜜柑?」
「町に出たら見知らぬおばさんと仲良くなって持たされたらしい。あいつらしいよな~」
「はは。きっと荷物持ちでも手伝ったんじゃないか? 人がいいから」
ぱさり、と久々知の頭に被っていた毛布が落ちた。
未だに肩まで毛布に包まれているものの、黒髪がやっと見えて、またほっと息を吐く。
「多分今頃、三人で火鉢囲んで蜜柑食ってるよ」
「………うん」
「…兵助も、行かないか?」
表情を覗こうと顔を傾ける。だが、見えなかった。
まだ久々知の顔を見てなくて、少し躍起になったが、躍起になればなるほど相手はむこうを向いている気がする。
「いいんだ、私は」
その口調が、固いものだったと、このときは気づかなかった。
「え? いいのか? ここすっげぇ寒いじゃねぇか」
「…うん、いいんだ」
「ふぅん? …そんなに寒そうなのに?」
音を立てずに久々知の隣に寄った。
久々知は、すぐ傍に八左ヱ門が来た途端、ビクッと肩を揺らす。
「な、何だよ…そんなに驚くほどじゃ…」
「……すまん」
そう言いつつも、久々知は尻をずらして八左ヱ門から離れた。
その行動に八左ヱ門は、居留守をされたときよりも強くむっとする。半ば無理やり久々知を引き寄せた。
「やめっ…!」
しかし、抱きかかえようとした腕は弾かれた。バシッと、叩かれた音が耳に届く。
…まさか嫌がられるとは思っていた八左ヱ門は呆然とした。
作品名:毛布一枚で私は眠れる 作家名:祐樹