毛布一枚で私は眠れる
「なんだよ、そんなに寒そうにしてる癖に」
「うるさい」
ふい、と久々知は完全にそっぽを向いた。
「そんなもん一枚じゃ、このまま夜になったら寒くて眠れないぞ」
「………」
「俺だって、今日は忍務があるんだから…ここには来てやれないんだからな」
…どうしてこんなに不機嫌なのか。
何となく感じてはいたが、頑なに何も言わない姿勢の久々知に、八左ヱ門は腕を組んだ。こうなったら、口を割るまで待つしかない。…時間は、あと少ししかないけれども。
「べつに、毛布一枚で私は眠れるよ」
背を向けまま、久々知が言った。
「はぁ? そんな強がりはいいから、雷蔵達の部屋で暖を取っとけ…」
「平気だってば」
「だからっ…、」
「大丈夫、だから」
言葉を遮られて、八左ヱ門は久々知を凝視した。
「…何も気にせず、行って来たらいい」
微動だにしない、久々知。
背を向けたまま、八左ヱ門の方なんか見ようともしない。
…でも、
「…忍務、だろ?」
その顔は俯いていて。
「待っとくから、早く、行って来いよ」
言葉は、消え入りそうだった。
(――ああ、そうか)
それを聞いて、八左ヱ門はやっと納得いった。
…今日は寒い。
しんしんと雪は深く積もり、立っているだけでも足先から頭まで凍ってしまいそうだった。
さらに、忍務を行うには足跡がくっきりと残りやすいし、白い景色は時に影の者の姿をはっきりと浮き立たせる。
…そんな中でも、行かなくてはならない忍務が、どんなものだなんて。
(――…聡いヤツはこれだから)
はぁ、と大きくため息をついた。
がりがりと頭をかくと、やっと久々知がこちらを見る。それは、伺うように。
「――でも」
八左ヱ門は、まるで怯えたような久々知に、笑みを漏らしそうになった。
「この時期は、毛布一枚だけじゃあ寒すぎるだろ」
「…ああ、」
また久々知は目を落とす。
「寒くても、眠れるのか?」
「…眠れるさ」
「本当か?」
「本当だ」
頑なに、強がって。
触れられたらきっと、その温かさから離れられないとわかっていて、自分から距離を置こうとする、けなげな、
「じゃあ俺は、せいぜい兵助が心地よく眠れるよう、早く帰ってくるよ」
愛しい相手に、今度こそ耐えられず、八左ヱ門は笑顔を向けた。
「早く帰ってきて、毛布の上から暖めてやる」
「……」
「な?」
「……」
「兵助?」
何の反応も返ってこない。
どうしたかなと思って、その顔に触れようとした、途端、ぎっと睨まれた。
「だったら、さっさと行ってこい! そんで帰って来るな!!」
「えええ!? ひでぇ、兵助!」
相手の顔が、触れなくても熱くなってる事なんて、
「ほら、さっさと行け!」
「…わかったよ」
しぶしぶと立ち上がり、立て付けの悪い戸をまた開けた。
丁度、ひゅうっと冷たい風が吹いて部屋に入り込む。
「じゃあ行ってくるから」
「ああ。…早く閉めろ」
最後まで冷たい言葉を頂戴して、八左ヱ門はちょっと落ち込みそうになった。「いってらっしゃい」なんて、そんなことをあの口から聞けるはずも無い。
ガタッガタンッと音を立てて、戸を閉める…――
「――早く帰ってこい」
ほんの数寸の隙間から、聞こえた声に、耳を疑った。
「………っ!」
もう一度、久々知の顔を見たかったが、向うを見ている彼の表情なんて、見えもしない。
一気に胸の中の空気が温まり、膨らむ。
(――…早く帰ってやらないと)
バタバタと、上気した体温を散らすように、八左ヱ門は廊下を駆け抜ける。
(…アイツが風邪なんか引いたら、面倒臭ぇからな!)
寒さなんて、とうの昔に忘れてしまっていた。
作品名:毛布一枚で私は眠れる 作家名:祐樹