陰陽師本丸の物語
前日譚「背負うもの」
明「今、少し良いですか。」
夜もかなり更けてきた頃、明が部屋を訪ねてきた。こんな神妙な面持ちの明を見るのは、伊邪那美の一件以来だろうかと思いつつ、部屋へ招き入れる。
明「こんな夜分にすみません。」
構わない、とだけ告げると彼は「誰かに聞かれると困りましたので…」と要件を話し始めた。
明「実は晴明から任務を預かってきたのです。貴方にしか頼めない任務だと。」
此処とは異なる世界で“政府”と呼ばれる人々が歴史の改変を目論む敵と日々戦っている。しかし、彼等の時代の人材だけでは人手不足となり、異なる時代、異なる世界のあらゆる人材を探していたところ晴明の存在が目に留まった、というのが晴明に依頼が来るまでの経緯らしいと明は話す。
だが、晴明はこの依頼に専念できるほど暇ではない。そこで晴明が「そういうことであれば、私より適任がいますよ」と自分に白羽の矢を立てたのだという。
経緯は分かったが、では具体的に何をすれば?と彼に尋ねると、
明「審神者となり、刀剣男士と呼ばれる付喪神を従え、歴史改変を阻止して欲しいと。」
歴史改変の阻止…。
明「式神の筆頭を童子切安綱に任せている貴方なら審神者の仕事も難なくこなせるでしょう。貴方以上の適任者はいない、と晴明も言っていました。ですが、もちろん危険が伴います。それに陰陽師として貴方にしか頼めないこともあるので、陰陽師と審神者の二足のわらじを履いてもらわねばなりません。それでも…この任務を引き受けますか。」
今までに引き受けてきた任務も危険は承知だった。それに、この任務を引き受けることで誰かの役に立つなら喜んで引き受けよう。
明「貴方ならきっとそう言うと思ってましたよ。」
と、明はふふっと笑う。
「では早速…」と言うと、今までそれをどこに隠していたのか、分厚い資料の束が目の前に置かれた。
これは…?
明「審神者として仕事をこなすための指南書だそうです。それと…。」
今度は『極秘』と表紙に書かれた書物が置かれる。
明「晴明の話だと、これは歴史書だそうです。」
歴史書?歴史書が極秘というのは、人に知られると不都合な事柄でも書かれているのだろうか…。
明「そうですね…我々にとっては、と言えば良いでしょうか。」
そこまで言うと、また明は真剣な顔つきになる。
明「政府が言う歴史改変の『歴史』とは、彼等の時代から見ての歴史です。つまり──。」
我々が思う歴史とは異なるということだろうか?
明「察しが良いですね。──政府の存在する暦は2205年だと聞いています。」
2205年…!?
明「それ故にこの書物は『極秘』だと。もちろん私達と政府の存在する世界は違います。ここに書かれている史実通りに私達の未来が描かれるとは限りません。ですが、現在までの私達と彼等の歴史に共通点が多いとなると、この歴史書が予言書と呼べるほどのものである可能性は非常に高い。」
明はもうこの書物に目を通したのだろうか?
明「…今ならまだ引き返すことも出来ます。しかし、これを読めばもう後には引けません。」
……。
後に引けないという言葉で、もう一度よく考えてみる。しかし、出てきた答えはひとつだ。
この任務を引き受けると決めた気持ちに揺らぎはない。それに未来を知ったからといって、これからの自身の身の振り方を変えるとも思えない。
明「ふふ、貴方らしいですね。私もそれを聞いて安心しました。貴方へ説明するために、私はもうこれに目を通していたので。断られたらどうしようかと。」
そう言いながら、笑みを浮かべる。
…最初から分かっていただろう?
明「そんなことはありませんよ。ただ、貴方なら引き受けてくれるだろうと信じていました。」
なんだか上手く言いくるめられた気もするが…。でも信頼されていたというのは単純に嬉しい。
明「お人好しなのは相変わらずですね。」
怪しい数珠など買わされないで下さいね、と苦笑される。
明「では、詳しい話はまた明日にでも改めてしましょう。私も出来る限りの支援はするつもりですので。勿論、晴明もそのつもりだそうですよ。」
それは助かる。これ以上ないくらい心強い申し出だ。
明「晴明にも伝えておきましょう。では私はこれで失礼します。」
明が部屋を出た後、改めて受け取った書物に目を移す。
『極秘』という文字が自分に重くのしかかってくるように感じ、この任務の重大性を今更ながら実感する。
「また甘綿たちに心配をかけてしまうな。」
そんな事を考えながらその日は眠りについた。
END