陰陽師本丸の物語
小噺「陰陽師と主(あるじ)」
注:本家と違う呼称・口調(童子切の口調は私の創造です)、独自設定を多分に含みます。
とある昼下がり——
自室に戻って驚きのネタでも仕込もうかと廊下を歩いていると、毛先だけ真っ赤に染め上げられた白く長い髪が印象的な刃物(じんぶつ)が縁側に腰掛けているのが目に入った。
鶴丸「(ありゃ童子切か。)」
正直、苦手な部類なんだがなぁ…と頭をかく。童子切は物の怪を斬ること以外に興味がないらしく、本丸の皆が親しくなろうと様々な話題で話しかけてみても、どうも会話が続かない。自分も何度か驚きを仕掛けてみたりしたものの…冗談が冗談として通じない相手はどうも苦手だ。それに加え初対面での印象が互いに芳しくなかったため、たまに主(あるじ)に用があって童子切が本丸に訪れてくる時は、なるべく顔を合わせないようにしていた。
しかし、今はヤツのいる所を通らなくては自室には戻れない。自室に戻るのを諦めて、何処かに身を潜めるかとも考えたが、厨に行けば昼餉の後片付けで忙しい光忠に手伝いを押し付けられそうだし、馬小屋に隠れていようにも今日の内番の馬当番には長谷部がいたはずだ。非番とはいえ、日ごろ何かと手を抜くことが多い俺を見つければ、絶対用事を押し付けられる。それだけは御免被りたい。諦めてヤツのいる縁側を通過するしかない。
鶴丸「それに、いつまでも苦手だからと避けているのも良くないよなぁ。」
と独り言をつぶやきながら、童子切に目をやる。
少しの間、様子を伺ってみたが、童子切は腕と足を組み、顔は俯き加減で目を閉じたまま、微動だにしない。どうやら主(あるじ)の諸用が終わるのを、じっと待っているようだ。
鶴丸「(しかし…こう遠くから改めて見ると、一瞥しただけならヤツの方が俺よりよっぽど鶴らしい。)」
俺の衣装は白一色だが、童子切の衣装は髪と同じく白と紅を基調としている。それがまたより一層鶴らしさを醸し出しているように思えた。
鶴丸「(仕方ない…行くか。)」
意を決して、歩みを進める。だんだんと二振(ふたり)の距離は縮まっていくが、童子切は俺の存在に気づいていないのか、はたまた気づいていても気にも留めないのか、先程の姿勢を崩すことなく、ただじっとしていた。
鶴丸「こんな男所帯の本丸で、女がひとり縁側にいるってのは些か無防備じゃないか、童子切。」
童子切「…鶴丸国永か。」
童子切はただ目を開けただけで、体勢を変えることなく返答する。少しからかってやるつもりだったが、こうも反応が薄いと肩透かしを食らった気分だ。
童子切「汝は可笑しなことを言う。」
鶴丸「可笑しなこと?別に変なことを言ったつもりはないんだが…。」
童子切「付喪神に男も女もないだろう。そのような事を気にするなど、まるで人の子のようだ。」
鶴丸「……。」
童子切の言葉に一瞬声がつまる。
鶴丸「確かに、今は人の真似事をしているからなぁ。考え方も人よりになっちまってるのさ。天下五剣様は違うのかい?」
よっと、と言いながら童子切の隣へ腰を下ろす。
童子切「……何をしている。」
童子切は怪訝そうな顔をしてこちらを見るが、俺は気にもしていない調子で話を続ける。
鶴丸「んー?きみ、主(あるじ)の用事が終わるまでは暇だろう?俺も今日は非番で暇なのさ。だから、暇つぶしにきみの話し相手になってやろうかと思ってな。」
童子切「余計なお世話だ。話し相手などいらぬ。」
鶴丸「まぁまぁ。そう遠慮するな。あ、そうだ。あとで光坊に茶と茶菓子を持って来させよう。あいつの作る菓子は美味いぞ。食べたことあるか?」
強引に話を進めていく俺に、童子切は何を言っても俺が此処から去る気はないのだろうと観念したのか、「好きにしろ」とだけ言ってまた目を閉じる。しかし、俺の存在を無視するのではなく、俺が好き勝手に話す話題に時々相槌をうち、質問すれば素っ気ない返事ながらも答えていた。
そうしてニ刻ほど経っただろうか。ふと、気になっていたことを思い出す。
鶴丸「そういえば、きみも含めて式神達は主(あるじ)のことをいつも“陰陽師”と呼ぶよな。」
童子切「…それがどうかしたか。」
鶴丸「いやなに、式神達(きみたち)は主(あるじ)の式として仕えているんだろう?きみは筆頭の式神で主(あるじ)とほぼ対等の立場にいることは理解しているから、きみが“陰陽師”と呼ぶのには納得がいくんだが、他のもの達も揃って“陰陽師”と呼んでいるのが不思議でな。」
主(あるじ)の本職は陰陽師だ。仕事柄、相手に名を知られることは自分の命を掴まれることに等しいから、主(あるじ)の真名を知るものは居ないと聞く。今や陰陽師という役職が本人の名前のようなものとなり、“お人好し陰陽師”と言えば都に住むものなら誰もが主(あるじ)のことだと分かるらしい。とすれば、主(あるじ)のことを“陰陽師”と呼ぶ式神達は、皆呼び捨てにしているようなものだ。
童子切「何も不思議ではあるまい。」
あっけらかんとした口調で童子切は言う。
鶴丸「いやいや、不思議さ。きみ達の主人だろう?主(あるじ)とは呼んでやらないのかい?」
そこまで言うと、今度は呆れた態度で答える。
童子切「確かに形の上では主従だが、汝等とは根本が違う。一緒にするな。」
鶴丸「違う?いったい何が違うっていうんだい?」
童子切「……。汝等が人型をしていられるのは何故だ?」
鶴丸「おいおい。こっちが質問したのに質問返しかい?」
童子切「何故だ?答えよ。」
有無を言わせない童子切の雰囲気に気圧され、俺は素直に答える。
鶴丸「……そりゃあ、主(あるじ)から霊力を分けてもらってるからだろう。俺達が顕現するときには主(あるじ)の霊力が必要だからな。」
童子切「だから、違うのだ。」
鶴丸「んん?どういうことだ?もう少し分かりやすく頼む。」
童子切「汝等と我等では、己を形づくるための理(ことわり)が違う。我等は己の力だけでこの姿を保っている。汝等は陰陽師の力が無ければ只の刀だろう?ならば、陰陽師に仕えるのは必然。まさに主従だな。」
鶴丸「きみ達は違うと?」
童子切「我等は皆、さまざまな縁で陰陽師と出会い、各々の理由で陰陽師を認め、力になると誓った。だが、陰陽師が我等の力を自在に扱うには式神として契約を結ばねばならぬ。故に主従関係を結んではいるが、あのお人好し過ぎる陰陽師に対しては、どうも主人に仕えるという感覚が持てぬのだ。」
鶴丸「心外だな。俺達だって主(あるじ)の事は認めているし、慕っているぞ?」
童子切「汝等はいわば陰陽師の力で創られた存在。陰陽師から霊力を与えられて存在している。なれば好意を抱くのは当然だ。陰陽師を否定すれば自身の存在を否定する行為と同じになるのだからな。そこに汝等の意思が反映される余地はない。」
なるほど、筋は通っている。だが、俺は「そう思わないんだがなぁ…。」とぼそり呟いた。
童子切「当人がそれを自覚するのは簡単なことではない。しかし、真実がどうであれ、汝が違うと思うのなら違うのだろうよ。」
鶴丸「また難しいことを。」