はた細短文詰め
【夏と思い出】
完全に迷った。
どうしよう。
広くない森だしさすがにこのまま遭難なんてことはないだろうけど。心細さに出て来た涙を、手の甲でごしごしと拭う。
胸腺学校夏合宿恒例の肝試し。
はっきり言ってボクはお化けとか幽霊だとかものすごく苦手だ。大嫌いだ。あんまり怖がるから面白がられて、あいつらにわざと置いてかれたんだって、分かってる。
「と、とにかく道を探そう…」
とその時背後でガサリと音がした。
「うわあああっ!?」
びっくりして思わず叫び声が口をついた。
「何やってるんだ君は。皆に迷惑かけるなよ」
覚えのある声に振り向くと、仏頂面のあいつが立っていた。
「お前どうして……」
「君がいつまでも戻ってこないから、探して来いって言われたんだ」
するとボクの顔を見て、眼鏡の奥の目が少しだけ驚いたように見開いた。
「え…?泣いてるの?ドン引きなんだけど」
「な、ななな泣いてない!」
「まあいいや。皆もう集合してる」
あいつはボクの手を取ってぐいぐいと引っ張りながら、来た道を戻り始めた。
安心してまた涙が出てきたことにたぶん気付いていたのに、何も言わないで。
「……なーんてこともあったよね。君ときたらひょろっこくて、泣いてばっかで…」
「うるっせええええ!テメエ飽きもせず毎年夏になると同じことを言いやがって!」
「君がそうやってからかいがいがあるから悪いんだよw」
「ああそうかよ」
だが人とは学習し成長するものだ。
不意を突いて、ベットの上に転ばせた。ウェイトの差を利用した全体で、動けないように押さえつける。
「え、ねえ、ちょっと。キラーTくん、重い…」
声に若干の焦った響きが混じる。
「だったらどけてみろよ」
耳に口を寄せて言ってやると、ぐぬぬと悔しそうな顔に溜飲が下がる。
もっと早くこうやって黙らせりゃ良かったなと眼鏡を取り上げながら、額にキスをした。
この後完全にへそを曲げられて一週間お預けをくらった。