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『真夏日・カナのスクーター・廃工場の灰羽達』 【灰羽連盟】

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(二)



 カナは庭を突っ切って西の棟の玄関へ向かう。着心地のいい綿の服のおかげで、暑さは和らいで感じられる。玄関からカツカツと階段を上り、ゲストルームのドアをカチャリと開けた。
「おっはよー」
 カナは挨拶をして部屋の中を見渡す。
「「おっはよー!」」
 真っ先に双子が揃って応えた。
「あれ? みんなもう揃ってんのか」
 カナの言うとおり、ヒカリ、ラッカと、マヒルにマシロと、年長組はすでに席に着いていた。だが――
「おはよう……」
 ヒカリがあくびをする。とても眠そうだ。
「おはよーカナ」
 と、こっちはラッカ。声に覇気が無い。まるで起床直後のネムが二人に宿ったかのようだ。
「なんだよー? 二人揃って元気ないな。ほら、ちび助がこんなに元気いいのにどうしたどうした?」
 カナは双子の頭をわしゃわしゃと撫でつつ煽るも、効果はなかった。
「だって眠いし暑いもの……ここって扇風機、なかったかしら?」
 ヒカリが訊く。
「無いね。グルグル廻るのだったら換気扇くらいしかないぞ」
 カナは無慈悲かつ現実的に即答した。
「そんな残酷なあ……」
 ヒカリは大げさに天を仰いだのち、テーブルに突っ伏した。
「あ、ヒカリがくじけたよ」とマヒル。
「くじけるわよぉー」とヒカリが泣き言を言うも、
「あー、ほっとけほっとけ。どうせ朝飯食ったら元気になるから」
 カナは素っ気ない態度を示す。
「カナ、意地悪いわよぉ」
 ヒカリは頬を膨らませる。それを見てカナはペロリと小さく舌を出す。こういうやり取りはいつもの二人らしい。

「カナは朝から元気だね」
 ラッカが言う。
「あたしは早起きして庭掃除してたんだ。……そうだ。明日はあたしの代わりにラッカが掃除する? 気合い入るよ?」
 カナはつっけんどんに言葉を返した。ラッカは引きつった笑いを浮かべた。ラッカの表情を返答と受け取り、やれやれとカナは肩をすくめた。
「ほら、ここ開ければ少しはいい空気入ってくるよ」
 カナはベランダの扉を開け放つ。それからまたスタスタと歩き、部屋のクローゼットの中からうちわがあるのを探し当て、それぞれに渡す。
 ラッカは真正面のヒカリをあおいだ。
「わー、ありがとうラッカ。ちょっと涼しくなったわ」
 ヒカリは息を吹き返したように微笑んだ。突っ伏したままだが。そして大口を開けてあくびをすると、寝ぼけ眼に戻ってしまった。しっかり者になってきたという評判のヒカリはどこへ行ってしまったのか。
 そんなヒカリをいたわるように、ラッカにマヒル、マシロの三人はそよそよとうちわで風を送った。

「ヒカリー、いい加減しゃんとしなよ。暑いのはみんな一緒なんだからさあ。ねぼすけの誰かが乗り移ったみたいにしてないで――」
 その時カナは閃いた。ちょっとした悪戯を。
「――んじゃ、いっちょネムを追い出すとするか……じゃん!」
 カナは抱えていたタオルの中から掃除のときに着ていた服を取りだした。そう。自分ですら触るのが嫌になるくらい、汗ばんでびしょびしょの。
「ヒッヒッヒ、ヒカーリーー」
 カナは声を低くし、小悪党めいた表情を浮かべる。
 危険を察知したのか、ヒカリは途端に椅子から立ち上がり警戒する。
「ちょっと……どうしようっていうのカナ。まさか……いや! やめてよね!」
 ヒカリが嫌悪感をあらわにし、一歩一歩、カナから遠ざかる。カナはにやりと笑う。
「ヒカリの想像してるとおりさ。……そうだ! だらけてると罰として、あたしの汗でぐっしょりの服を貼り付けるぞお!」
 と、カナは服を突きだして宣言し、一歩、また一歩と歩み寄る。
 双子は可愛い悲鳴を上げて部屋の奥へと逃げていくし、ラッカは怯えた表情を浮かべて構える。四人揃って怖がってくれたので、カナは楽しくなってきた。調子に乗っていささかわざとらしく、邪悪な笑みを満面に浮かべる。
「クックックッ、いいぞお。もっと怯えるのだあ!」
「こらっ! あんたたち!」

 カナの真後ろから叱咤の声が上がった。振り返らなくても分かる。寮母のばあさんだ。
「そうとも。暑いのはみんな一緒さね! さ、テキパキテキパキ朝の支度! ほらヒカリも! ちびどもが腹空かせて待ってるよ!」
 号令一下、年長組はそそくさと動き出す。ヒカリはキッチンへ。マヒルとマシロはその手伝いを。ラッカは昼からの仕事だということを寮母さんに言い返す度胸がなく、ふと思い立ってお茶を淹れに行った。
「……カナは掃除ご苦労さん」
 寮母のばあさんはいたわるようにカナに言う。カナは寮母さんの顔を面と向かってみられないでいた。
 ――さっきの奇行、ばあさんは見ていたんだろうか。
 そう思うと恥ずかしさのあまり、いても立ってもいられなくなる。とりあえずこの場から離れよう。
「あ、……ああ。ありがとう。あたしはこれからシャワー浴びてくるから」
 カナは入り口横のドアを開け、そそくさとバスルームへ入っていった。

◆ ◆ ◆

「んー、最っ高に気持ちいいなあ!」
 バスルームにて。カナは頭から水を被ると、シャワーヘッドを手に取った。思う存分水を浴びて、べとつく汗を全て洗い流す。それから汚れた衣服を手に取り、石けんをつけて洗濯板でゴシゴシ洗い始めた。
 自分の手元を見つめながら、突然カナは何とも言いがたい切なさに襲われた。
 去年までの夏はもうやって来ないという事実。
(クウ、レキ、ネムも、いない夏……か)
 カナは神妙な面持ちで天井を見上げる。そうして、彼女達と過ごした去年の夏の情景を思い出すのだった。

「……なんだよ。らしくないなあ、あたし!」
 感傷に浸っていても仕方ないじゃないか。今はラッカがいる。そして春に生まれた双子のマヒルとマシロも。彼女達と過ごす夏はこれが初めて。それをいい思い出にしていくようにがんばらないと。
(そうだよな、ヒカリ?)