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TWILIGHT ――黄昏に還る2

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TWILIGHT――黄昏に還る 2


□■□3rd phase□■□

 衛宮邸に戻った士郎は、昼食を作りながら思考に沈む。
(先にバーサーカーとやり合うことになるか、その前にギルガメッシュが古城を……?)
 そうなれば、イリヤスフィールがまた犠牲になる。
(あんなの、もう……)
 心臓を抜かれる少女の姿に憤り、自身の無力さを嘆いたあの時の悔しさを、今も覚えている。
(……見たくない)
 きゅ、と唇を引き結び、できあがった焼きそばを皿に盛る。
「セイバー、お待たせ」
「はい?」
 居間で座卓についていたセイバーが、きょとん、と瞬いている。
「何が、ですか?」
「え? 何って、昼飯。腹、減ってるだろ?」
「わ、私はサーヴァントです! お腹は空きません!」
(あ……。そうだった、昔とは違って、魔力足りてるんだっけか……)
 つい十年前のつもりで、セイバーは食事からも魔力を摂取しなければならないと、彼女の分の昼食を用意していた。
 両手に持った焼きそばを眺め、自分がずいぶんと過去のことに感傷めいた気分でいることを思い知らされる。
(どうするかな……)
 迷ったのは一瞬で、やはり、セイバーにも勧めることにした。
「そ? じゃあ、味見でもしてくれ。口に合わないなら、残してくれていいから」
 セイバーが座る座卓の前に焼きそばと湯呑を置き、士郎は向かいに腰を下ろす。
 居間の定位置には座らない。
 かつて己が座っていた場所は、自分のものではなく、この時空の衛宮士郎のものだ。
「いただきます」
 手を合わせて士郎が食べはじめれば、セイバーはじっと観察するように見ている。
「冷めちゃうぞ?」
「いえ、私は……」
 頑なに固辞するセイバーに士郎は痺れを切らした。
「食べないんなら、俺が、」
 皿を引こうと手を伸ばせば、セイバーが一瞬早く皿を持ち上げ、士郎の手から焼きそばを庇った。
「え……?」
 伸ばした手のやりどころに士郎が迷っていると、ハッとしたセイバーが、静かに皿を置く。
「セイバー?」
「い……、っ……い、いただきます!」
 バツ悪そうに士郎を真似て手を合わせ、器用に箸を持ったセイバーは一口食べ、二口食べ……。
「うまい?」
 士郎が訊けば、
「ええ、とても!」
 セイバーはキラキラと瞳を輝かせて言い切る。
「よかった」
「はい!」
 セイバーは素直に頷く。それに士郎は小さな笑みで応えた。


 夕刻になると衛宮邸には来客が訪れるため、士郎とセイバーは土蔵に引きこもって作戦会議だ。
「キャスターはどうしますか?」
 冷たい床に腰を下ろし、古びた箪笥に背を預け、士郎は両手を頭の後ろに持っていって、天井を見るとはなしに見上げる。
「話ができるかどうかは、五分ってとこかな……。下手に近づけばセイバーを奪われる可能性があるし……」
「私を奪う、とは?」
「俺がやったろ?」
 苦笑いを浮かべた士郎に、
「あ……」
 気づいたセイバーは頷いた。
「では、先にランサーはどうですか? 彼とは一度やり合って、宝具も知れていますし、策謀を巡らせるキャスターよりもやりやすいのでは?」
「いや、ランサーは要警戒だ。マスターが厄介な奴なんだよ」
「そうですか……。マスターの言う通り、アサシンは、キャスターが召喚したとあれば、キャスター攻略と同義ですね。……あとはバーサーカーとライダー、アーチャーですか」
「うん、そうだな……」
 赤い主従。
 おそらく、今ごろ新都で状況把握に勤しんでいるところだろう。
 腕を下ろし、もたれていた背を前に倒す。
(アイツと、遠坂か……)
 一筋縄でいくはずかないことは百も承知だ。あの主従を相手に闇雲に突き進むことはできない。だが、キャスターはすでに動き出していて、新都ではガス漏れ騒ぎと称する、無関係の人を巻き込んだ魔力の搾取が行われている。穂群原学園に結界を張っているライダーも動こうとしている頃合いだ。状況は刻々と進み、士郎にぼんやりしている暇はない。
「バーサーカーとは、やりたくないけど……」
 正直、単騎では勝てる気がしない。だからといって、放置もできない。
「イリヤスフィールに会えればいいんだけどな……」
「イリヤスフィールですか? 今朝、丁重に追い返された?」
「はは、セイバーでも根に持つんだなあ」
「い、いえ、根に持つというよりも……、話すら聞かないというのはどうなのかと思うだけであって、根に持っているというわけではないです!」
 セイバーが必死に言い訳するので、士郎はウンウンと聞き手に回りながら、ふと思い出す。
「そういえば……」
 士郎はセイバーを召喚する前に、イリヤスフィールと会っている。いや、会うというよりも、すれ違ったようなものだったが……。
 だとすれば、この時空の衛宮士郎も接触した可能性があるかもしれない。
「セイバー、まだ、客はいるか?」
「いえ、先ほど玄関を出ました」
 セイバーに頷き、士郎は土蔵を跳び出した。


「イリヤスフィール? え? 知ってるのか?」
 台所で洗い物を終えた少年は、驚いたように目を丸くして居間へ戻ってきた。
「え? 知ってるのか?」
 士郎も同じように目を丸くする。
「つい最近知り合ったんだ。外国から来て、まだ日本に慣れないから、友達になってくれって。今日もイリヤとは、買い物帰りに会ったけど? 彼女がどうしたんだ?」
 少年は首を傾けて訊いてくる。
「どうしたもこうしたも……、バーサーカーのマスターなんだぞ、彼女は……」
「えっ!」
 目を据わらせて言えば、本当に知らなかったというより、思いもよらなかったようで、少年はますます目を瞠っている。
「ただの一般人を、知ってるか、なんて俺が訊くことに、まず、疑問を持ってくれ……。で、知り合いならいい。会わせてくれないか? 話がしたいんだ」
 過去の自分に苦言を呈してから、一か八か、士郎は少年に頼んでみる。嫌だと言われれば、少年の後をつけて、イリヤスフィールと接触するところを押さえればいい。
「えっと、明日、買い物に付き合ってって言われてるから、それでいいなら一緒に行こう」
 士郎の懸念などあっさりスルーで、すんなりと少年は承諾し、誘ってもくる。その無防備さに開いた口が塞がらず、士郎は言葉を忘れそうになった。
「で……、でかしたぞ、俺!」
 どうにか出した言葉は、どこか上滑っている。
「そうか?」
 首を捻る少年の肩を叩き、士郎はその功績を称えるとともに、過去の己を見て、少し反省してしまった。

 翌日、午後三時をいくらか回った頃合い。少年に続いて商店街の外れの、遊具もほとんどない小さな公園に入ると、可憐な少女がベンチに座っている。少年に気づいた少女は立ち上がって小首を傾げた。
「おにいちゃん、だあれ? その人たち」
「イリヤ、この人たちは、」
「イリヤスフィール、頼みがあって来たんだ」
 少年にみなまで言わせず、フードを取り、顔を晒せば、イリヤスフィールが大きく目を剥いた。
 バーサーカーのマスターとは思えない愛らしい姿に、銀の髪と赤い瞳が印象的で、彼女は冬を連想させるな、などと勝手な感想を持つ。
(この少女を、俺は、助けられなかった……)