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あかい靴

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冬の太陽は低かった。厚紙を破くような鈍い音を立てながら空気を振るわせる輸送ヘリが雲の間を抜けて行くのを、ドミニクは見上げた。方向音痴の彼にはそれがどこに向かうものであるのか予想すらできず、歯がゆい想いをする。
 キャピトルヒルの下町にある軍警察署で昨日起きた小規模テロと、連邦軍の脱走兵逮捕に関しての確認を取る作業で外出した彼は、軍警察を辞した後、半分迷いながら浸蝕したスカブの間を埋めるように建て込んでいる下町を歩いた。家屋や店舗が低層であるおかげで、取り敢えず顔を上げれば塔の姿を認めることが出来る。迷ってもそれを目指して歩けば何とか塔までは帰れる筈だ。彼はぼんやりと思った。
 狭い細々とした道の間を、女や男や子供が歩いたり走ったりして、彼とすれ違ったり通り越していった。些か排他的なコミュニティの日常に間違って迷い込んでしまったような違和感と疎外感が彼を襲い、落ち着かなくさせる。自然と足早になった。
 暫く黙々と歩いていたが、子供が固まっている脇を通り過ぎる時、「いけ、いけ」と騒ぎ立てる声が聞こえ、思わず足を止めた。彼よりも当然ながら背の低い子供たちの頭は皆、地面に向かっている。何かと思って彼は少しだけ爪先立って騒ぎの中心を覗きこんだ。
 喧嘩独楽だった。
 彼は余りの懐かしさに溜め息を吐きそうになり、慌てて息を呑み込んだ。二人の少年がじっと独楽の動きを見ており、周りの少年たちが囃し立てる。いけ、いけ、だの、倒れろ、倒れろ、だの各々好き勝手放題だ。
 銅の小さな独楽二つは、ぶれることなく直立して回っているが、時折、惹かれ合うように近付き、触れ合った瞬間に互いに弾き合って離れた。暫くそれを繰返しているうちに、片方がバランスを崩して失速し、ふらふらと振れて、転がった。
 わっ、と子供たちが声を上げる。負けた方の少年は悔しそうに地団駄を踏み、勝った方の少年は昂然と顎を上げてみせた。後ろに下がった敗者の脇から、新たなる挑戦者なのだろう、少年が歩み出る。勝者と挑戦者は自分たちの独楽に紐を器用に巻き付け始め、そして同時に投げた。
 再び、二つの独楽が回り始める。始めは少しぶれていたが、暫くするうちにそれらは次第に直立を始め、そのうちにまるで止まっているかのように正確に回転し始める。二つの独楽はまるで生きているかのように土埃に円を描いていく。そして惹かれ合うように近付いては、弾けるように離れた。
 まるで踊っているようだ。
 そう思ってドミニクは軽い目眩を覚えた。嫌な既視感が彼を襲った。



 子供の頃、喧嘩独楽はドミニクの日常の一部だった。手先が器用だった彼は、友達の中ではかなり強い方だった。紐を巻き付けて、叩き付けるように投げると回転を始める独楽は生き物のようにぐんぐんと円を描きながら、相手の独楽に近付いて弾く。決闘のような、舞踏のようなその姿を見ているのは純粋に楽しかった。
 そんな平和な、淡い日々が奪われた後、独楽に触れることはなくなった。周りの大人の期待と要望に、ただひたすらに応え続けなければならなくなったからだった。
 いつしか彼は、自分の人生は独楽のようなものだと思うようになった。
 立っているためには勝ち続けるほかない。勝ち続けるには回り続けるしかない。休むことは許されないのだ。ただ、回り続け、弾き続けなければ淘汰されてしまう。残るためには回転を止めてはならないのだ。
作品名:あかい靴 作家名:芝田