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あかい靴

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「私たちが一番怖れていることがなんだか、あんた、わかる?」
 アネモネが以前、ドミニクに問うたことがあった。ドミニクは一瞬呆気にとられ、アネモネを見返したが、静かに首を振った。彼女は馬鹿にしたように彼を一瞥し、吐き捨てるように言った。
「墜落よ、撃墜されることよ!」
ドミニクは頷く。戦闘機パイロットにとっての墜落、潜水艦乗りにとっての沈没、そういうものと同列に、アネモネにとっての墜落があるのだとして、何の不思議もないと思った。
「どうせあんたにはわからないわ、わかるはずもないわ」
アネモネは呟くように言った。
 今のドミニクは、その時の自分がその答えを知っていて言わなかったのか、それともそもそも知らなかったのか、もう思い出せない。
 彼女の戦闘をぼんやりと頭の中で再生する。喧嘩独楽のように、間合いを取っていた二つのLFOが惹かれ合うように近付いて、弾けるように打つかって離れる。その繰り返しが続いた後に、どちらかは墜ちる。衝撃に負けて失速し、動きを止める独楽のように。
 ただ、墜ちることを怖れる彼女は飛び続けなければならない。
 アネモネの赤い靴を見詰めながら、ドミニクはいつも思う。墜落という絶対的な敗北の恐怖に強迫的に取り憑かれている彼女は、あの童話の主人公にどこか似ていると。
 赤い靴という童話を読まされたのは随分と昔のことだ。好きな物語ではなかった。堅信礼にも養母の葬式にも己の欲望のままに赤い靴を履いたカレンという少女が、呪われて、赤い靴を履いたまま踊りを止めることができなくなる。少女は最後、首切り役人に足を切り落としてもらう。悔い改めた彼女は天に召される。
 残酷な物語だと思った。説教臭いのも気に入らなかった。
 でも一番気味が悪いと思ったのは、朝も夜も踊り続けている少女の姿だった。想像の中の彼女は、服も破け、髪も乱れ、飲まず食わずで寝ていないために目も虚ろ、ただ足だけがダンスのステップを踏み、足から上はまるで引き摺られるように揺れていた。子供が振り回す人形のように。それは最早、踊っているという状態ではなかった。ぐるぐると回り続ける。そうする他に立つ術すらない。
 止めることのできない舞踏など、もはや狂気の現れだ。
 彼はアネモネの舞うようなマヌーヴァを見ながらよく思っていた。彼女も自分と同じだと。彼と同じように、彼女も回転を続ける限りでしか存在を許されない。勝つために、残るために、すべてを犠牲にしても回り続けている。狂ったように引き摺られるように止められない回転を続ける。
 そう、まるで赤い靴に囚われ、踊り続け、回り続けたカレンのように。
 回り続ける独楽のように、惹き合っては弾く狂気の舞を踊る。止まることはできない。止まるときとは即ち、死ぬときなのだ。
 闘う彼女の姿はまるで、足に引き摺られて望まない踊りを続けるカレンだ。いや、実際の動き自体は無駄ひとつなく、野生動物のように美しい。けれどもその戦闘に呑み込まれる彼女の心と体はまるでばらばらに操られている。
 命令によって。薬によって。彼女は操られる。縺れた糸の操り人形のように。足だけ優美な舞踏家のようにステップを踏むが、胴も腕も振り回されるように無様に揺れるだけだ。
 ドミニクは自分が彼女の赤い靴の一部だということを解っていた。彼女を縛り付けて、無理矢理に踊らせている、その一端を担っている。
 なぜ?
 その心を手に入れられないから、自由を奪って拘束して操るのか。命令だと言って、いいなりにして、体も心も壊してしまうほどに薬を与え、苦しみを与え続けるのか。そうする他に彼女を己のものにしておく術を持たないからなのか。
 アネモネの赤い靴を見る度に、彼の心には傷口に触れるような痛みが広がった。それは彼女に対する罪悪感なのか、それとも彼女の心を手に入れられない悔しさなのか、わからない。ただ、もう二度と脈打つことがなくなる日まで、その心臓は痛みに悲鳴を上げながら、生き残るための回転運動を彼に命じるのだろう。
 自分が生き残るためにアネモネを傷付け続ける、それが彼の踊りだった。
 止められない舞踏だった。



 わっ、と歓声が上がって、ドミニクは我に返った。既に挑戦者は入れ替わっている。勝者はやはり件の少年で、やはり同じように昂然と顎を上げて周りの少年たちを睥睨していた。回転し続けることのできる少年。いつの日か、彼の独楽を止めてしまう少年があらわれるのだろうか。
 そんなことを考えながら、ドミニクは少年たちから離れた。
 見上げると巨大な塔が目の前に聳えたっている。進んでも進んでも、それはちっとも近付いては来ない。輸送ヘリが再び彼の頭上を横切って、アッという間に空の向こうへ消えていった。
作品名:あかい靴 作家名:芝田